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【短編小説】お手玉

 冷たい風の中に粉のような雪が混じり始めた。
この町へ越してきて5年近くになるが、この通りを歩くのはまだ2度目だった。観光客があふれるこのあたりは地元の人間は寄りつかない。人混みと喧騒が苦手な私も避けたい場所だが、ここ数日の記録的な寒波のせいで人出が少ないと聞き、ふらりと出かけてきた。
 
 思っていた以上に人けが消えた通りは古い町家を改装した店が多いこともあって、モノクロの風景画のように静かだった。迷子のように飛んでいた雪は落ちるように降り始めた。

 何年ぶりだろう、雪の中を歩くなんて

 私が育ったのは関西の田舎町で、特段寒い地域ではなかったが、それでも幼い頃は毎年一度や二度は大きな雪だるまが作れるぐらいには降った。軒につららが下がることも珍しくはなかった。
 雪が数日続くと、祖母は庭の植木に積もった雪をお椀に取って「もうきれいな雪になってるやろ」と言って砂糖をかけてだしてくれた。
ストーブの前で食べるふわふわの甘い雪が好きだった。
その故郷も今ではほとんど雪は降らない。
 
 引き戸が半分閉じられた店の前を通り過ぎようとしたとき、チラリと見えたストーブに足が止まった。昔うちにあったものと同じ形の丸いストーブ。上に乗せたアルマイトの薬缶からゆらゆらと湯気が立ちのぼっていた。
 懐かしさにつられて入った店の中には和柄の小物が並んでいた。
最近は外国人観光客を意識した和雑貨の店が多い。ここもそのひとつだろう。
 お香が焚かれているのか、嫌味のない匂いが気持ちを和らげてくれる。
「いらっしゃいませ」
店構えとは不釣り合いな若い女性の店主が声をかけてきた。
「寒かったでしょう、今お茶淹れますからどうぞ座ってください」
そう言うと店主はストーブの横に丸椅子を置いて奥へ入ってしまった。
何かを買うつもりで入った店ではない。このまま出てしまおうかと思ったが、いつの間にか外は激しい吹雪になっていた。

 玄米茶の香ばしい匂いが身体の芯まで温めてくれる。
湯呑みを両手で包むようにして持つと、自分の手が氷のように冷たくなっていたことに気づいた。
「この寒さのせいでこのところお客さんがさっぱりなんです。良かったらゆっくり見ていってください、全部祖母の手作りなんですよ」
 おばあさんの古い着物から作られたという小物はどれも丁寧に縫われていて、柄も上品なものだった。着物の知識のない私にも良い物なのだろうと思われた。
 雪…?
落ち着いた色合いの並ぶなか、そこだけが白く浮かびあがって見えた。
真白い縮緬だけで作られた小さなお手玉が棚の隅に置かれていた。
「持ってみてもいいですか?」
お手玉をひとつ手にとってみる。小豆のしっとりとした重さが掌に心地良い。
「それ可愛いでしょ、ばあばは耳と目を付けてウサギにしたかったみたいなんですけど、私がそのままがいいって言ったんです。雪玉みたいで」
店主の口からつい出てしまった"ばあば"が微笑ましかった。
 私の祖母も昔お手玉を作ってくれた。やはり古い着物の端切れだったと思う。

 祖母は私が8歳のときに亡くなった。
狭い家に会ったこともない親戚が大勢やってきて、私の部屋は喫煙場所になってしまった。
行き場のなくなった私は家の前の道端で日が暮れるまでぼんやりしていた。
 母は祖母の七番目の子供で、すぐ上の姉ともひと回り歳が離れていた。6人の兄姉がいながら、なぜ末娘の母が祖母と暮らすことになったのかは解らない。
ともかく従兄弟たちはみんな成人した大人で
「ばあさんの葬式は孫の祭り。大往生、大往生!」などと言いながら、通夜の席は賑やかな酒盛りとなった。
 傘寿をいくつか過ぎて亡くなった祖母は、当時としてはかなり長生きだったのだ。
 私は従兄弟たちのそんな不謹慎な言葉に同調するわけでも反発するわけでもなく、ただ自分の部屋が煙草臭くなることがたまらなくイヤだった。
 私は。
祖母が死んでしまったことに何も感じていなかった。
8歳という年齢が死をどのように理解していたのか憶えてはいないけれど、ただ、悲しいと思えない自分が間違っている気がしてたまらなかった。
 私は何かが欠けている人間かもしれない。
生まれて初めて心に付いたシミだった。
 真っ白いお手玉はお香のいい匂いがした。
祖母の作ってくれたお手玉は樟脳の匂いがしていた。

 店を出ると吹雪はすでに止んでいた。
袋からお手玉をひとつ取り出して手のひらに乗せてみる。
いまどきの子供は遊び方を知らないのだろうか。今度孫が来たら教えてあげよう。
粉雪がまた砂糖のようにお手玉の上に降り始めた。




 

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