【掌編】枯草の根

 お家はお父さんとお母さんのものだけど、お庭はお姉ちゃんのお庭だったんだな。冬の気配の混じる風に色褪せた芝生を眺める。ミニサイズのレンガブロックで囲まれた花壇も寒々しい。春に家の前の遊歩道を駆けていく小さい子たちの服みたいに色とりどりの花で賑わっていたのに。たった半年で。

 雑草をプチプチ引き抜いていく。半年前、お姉ちゃんが不登校になった。高校に入学して早々いじめが始まったらしい。お姉ちゃんに限界が来るまで誰も気づかなかった。真面目で優しくて忍耐強くて明るい性格が仇になった。

 お姉ちゃんは家から一歩も出なくなった。カフェや服屋に誘ってもダメ。コンビニにも公園にも行かない。ずっと大切に世話してきたこのお庭にも。お父さんやお母さんが最低限の手入れはしているけど、ガーデニングまでは手が回らない。やっぱりこの庭は、お姉ちゃんの庭だ。

 花壇の冬支度って何をすればいいんだろう。土を耕して肥料とか混ぜるのかな? それは畑の話かな? 芝生に紛れた雑草を摘みながら考える。

 お姉ちゃんは散々に踏みにじられて、枯草のようになってしまった。いじめっ子たちは今でも着飾って笑って楽しんでいるのに。

 きちんと引き抜けなかった草がちぎれる。いい気味。一際ひんやりした風に身を震わせる。いつの間にか汗ばんでいた。そっと立って作業のあとを見回す。思ったほど進んでいない。素知らぬ地面に脱力する。

 このお庭をよみがえらせるなんて、私には無理なのだろうか。

 緑豊かで花咲くお庭を見せてあげたら、お姉ちゃんも元気になるんじゃないか。中学生にもなって馬鹿馬鹿しい。ひょろひょろの細長い葉をぴょんぴょん伸ばしている草を鷲掴みにし、力任せに引っ張る。根が深くてびくともしない。とうとう尻餅をついた。

 ネットでガーデニングの方法を調べたり、こうして短い時間だけど実際に体を動かしてみてわかった。暖かくなったからと言って、庭が勝手に春になるわけじゃない。新しい種を蒔いたり、苗を植えたりしなきゃ何も始まらないんだ。

 物置からスコップを取ってきて、雑草の根元へ力任せに突き刺す。枯れたら、花も雑草も容赦なく取り除かれる。しぼんだ花はもう一度咲かないし、白茶に色褪せた草は再び生い茂らない。

 てこの要領でスコップを力いっぱい傾ける。現れ出た根に私は息を呑んだ。乳白色でつやめき、恐る恐る触れるとしっとり濡れていた。土の湿り気とは違う瑞々しさ。思いつくまま花壇を掘ってみる。茶色い皮にかたく包まれた球根が転がり出た。中にはさっきの根と同じ白く淡い輝きが息づいている。

 私は雑草も球根も埋め戻し、手を洗うのももどかしくお姉ちゃんの部屋に駆け込んだ。カーテンのひかれた常夜の部屋。膨らんだベッドの布団は、乱暴にドアを開ける音にも反応しない。お姉ちゃん、と呼びかける声が尻すぼみになる。ううん、それじゃ、今までと同じだ。最前の枯草の根を思い出し、ゆっくり部屋の奥に進む。

 頭まで被った毛布からぼさぼさの髪が覗いている。そっと手を差し込むと、春の土みたいに温かった。ベッドの隅に腰かけて、静かに語りかける。

「お庭の手入れしてたんだ。お姉ちゃんの代わりに何かできないかと思って。枯草だと思って引き抜いたら根っこは生き生きしてた。更地だと思って掘ったら球根が冬眠してた。見えるところは枯れても、芯まで終わってはいなかった。暖かい陽射しを夢見て、生まれ変わる準備をしているんだね」

 溢れる言葉に嗚咽が混じる。驚いて見下ろすと、お姉ちゃんの目元が毛布の隙間から見えた。指に絡めていた髪を引っ張ったら短い悲鳴が上がった。マンドラゴラみたい。つい笑ってしまう。

 半身を起こしたお姉ちゃんは青白い顔をしていて、その頬には涙が伝っていた。お姉ちゃんも枯草なんかじゃなかった。誰も枯れてなんかいない。これから生まれ変わるんだ。

「お庭の、お世話してくれたの」

 細い声に強く頷く。

「見たいな」

 まだ何もないよ、って前の私なら答えたかも。あ、私も生まれ変わったんだ。

 お姉ちゃんの手を取って一緒に階段を降りる。お庭が目覚める頃、お姉ちゃんにもきっと笑顔の花が咲く。



#第二回すべて失われる者たち文芸賞

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