見出し画像

文章は書くものではない。削るものだ。

皆さん、こんにちは。
ところで、文章を書いていると、「どうすれば相手に刺さるんだろう」と考えたことはありませんか?
もちろん、私も例外ではありません。

村上春樹の『風の歌を聴け』の冒頭に、こんな言葉があります。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

確かに「完璧な文章」なんてありません。
けれど——文章はどれも同じ力を持つわけではない、ということにも気づかされます。

子どもの頃、私は作文が苦手でした。
原稿用紙の升目をいかに埋めるか、そればかり考えていた。
つまり文章は「書くもの」であって、「伝えるもの」ではなかったんです。

ところが、40歳を過ぎたあたりから、少しずつ変わりました。
書くことにも苦痛はありますが、それ以上に “削ること” の方がはるかに神経を使う と気づいたのです。

有名な話をご存じの方もいるでしょう。
スティーブ・ジョブズは iMac の30秒CMに、4つか5つのメッセージを詰め込みたかった。
それを聞いたクリエイティブディレクターのリー・クロウは、丸めたティッシュを4〜5個ジョブズに投げてこう言いました。

「全部、受け止めてみろ。」

ジョブズは、ひとつ残らず掴むことができなかった。

メッセージも同じです。
たくさん伝えようとすると、ひとつも届かなくなる。

文章とは「足す」作業よりも、「削る」作業の方が本質に近い。
そう思えたとき、私はようやく書くことの本当の意味に触れられた気がしています。


🎯 締めのひと言

届けたいメッセージは“ひとつ”だけにしてみましょう。

いいなと思ったら応援しよう!