アンチ孤独のススメ~孤独は武器。孤立は毒~
千田琢磨氏の文章には力がある。
「孤独になれば、道は拓ける。」
「静かな時間で、深く考え、誰の目も気にせずに、決断できた時、人は大きく成長する」――そう帯には書かれている。
だが、ふと思う。
千田氏の言う「孤独」をはき違えては、危ないと。
その注意深さが、千田氏の本には欠けている。
千田氏は孤独だろうか。
イヤ、社会的接点を多く持っているだろう。
出版社の編集担当者の方、取材に来る方。
多くの人が集まっている。
千田氏は確かに、そういう方々であっても、群れて飲みに行くことはないのだろう。
だが、千田氏は、考えを発信して、それを編集の目というフィルターを通して、自分の感触をつかんでいるはずだ。
また、千田氏の本を買う読者の存在によって、
フィードバックとしてのお金を得ているはずだ。
それって「孤独」というのではない。
少なくとも「孤独死」という文脈に置ける「孤独」と同義に解釈してはならない。
最近、こういうことがあった。
知人と話す機会があったとき、前回と同じ話の切り口で語った。
それは、前回のその人の反応が良かったからだ。
相手は感涙していたほどだった
その切り口はウケていると思った。
そしたら――
「またその話かよ」
という知人の内声が聞こえてくるようだった。
空気感の存在、態度の調子など繊細な襞として伝わってきたのだ。
その瞬間に気づいた。
💥 人は、一人では自分のズレに気づけない。
前回ウケたから今回も、は通用しなかった。
noteもそうだ。
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それらはすべて、他者からのフィードバック だ。
孤独は必要だ。
でも――
孤独に居続けるのは、危険だ。
孤独は深く考える時間をくれる。
だが、
孤独は、自分の考えを歪ませる。
考えを発信しなければ他者の反応は返ってこない。
フィードバックを得なければ、ずっと同じ場所で回り続ける。
鏡では、ズレは分からない。
だって鏡は左右を逆転したかのようにしか見えない。
自分のズレを映せるのは、“他者”という鏡だけだ。
孤独だけでは、前に進めない。
人と接すると、世界は広がる。
✔ 結論
孤独は“武器”になるが、孤立は“毒”になる。
だから、僕は孤独にこもらない。
外に出て、話して、晒していく。
成長は、外側にある。
