【世界を巡り卓を囲んだ】──第8話:ロンドンダービー、プリムローズ・ヒルの夜にて
初夏のロンドン、夕暮れの光が街並みを柔らかく照らす。
ハムステッド近郊、北ロンドンの高級寿司屋「アサマ」に向かう道すがら、
街にはアーセナルの赤と白のユニフォームを着たサポーターが、パブの外にあふれ、熱気を帯びていた。
ロンドンダービー: アーセナルとチェルシー。
ロンドンの街が一つの試合に熱狂する特別な夜。
アサマのある北ロンドンは、伝統的にアーセナルファンの街だ。
その空気を纏いながら、私はアサマの入り口を見上げる。
卓を囲む約束は土曜の夜だった。
店に着くと、既に「アサマ」オーナーのW氏が玄関で迎えてくれた。
彼はアーセナルに縁の深い企業の経営者で、今夜もその誇りを背中にまとっている。
街では、アサマにアーセナルの選手やクラブ関係者が時折顔を出すことも知られている。
だからこそ、会社名や肩書きなどを語る必要はない。
その気配だけで、すでに空気に色がつくのだから。
W氏と並んでいたのは、L氏。
彼は東証一部上場企業のロンドン支社長で、穏やかな笑顔の裏に、国を越えたビジネスの最前線に立つ者の矜持を感じさせる男だ。
昼間ゴルフを楽しみ、そのままの穏やかさを纏っていた。
そして、M氏。
彼は日本の大手不動産デベロッパーと英国の不動産会社の合弁企業でManaging Directorを務める、いわばロンドンの街そのものを舞台にする男だ。
スタジアムの年間シートを用意し、大事な客人をロンドンダービーに招き入れる──そんな接待の中に、ロンドンという街への誇りを感じさせる。
試合の熱狂をそのまま身にまとい、アサマへと直行してきた彼の姿は、まるで別世界の熱気を運んでくるようだった。
卓が囲まれると、3人の空気はまるで別の場所にいたかのように、異なるリズムを刻んでいた。
W氏とL氏のゴルフ帰りの穏やかさ。
M氏の胸にまだ残るロンドンダービーの高揚感。
卓を囲みながら、静かな沈黙が心地よく流れる。
だが、自然と話題はロンドンの街に向かう。
アーセナルの勝利、チェルシーの粘り、街に満ちる熱狂──。
その夜の空気を、そのまま牌の音に乗せるように、穏やかな会話が続いた。
私もまた、その空気に身を任せる。
世界を渡り歩く者として、街の熱気と静寂を、卓を囲む空間で一つに溶かすように──。
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