介護付き生活保護受給者施設
生活保護受給者施設には、人生が三回転半ひねって着地する人が来る
生活保護受給者施設には、
人生が二転三転どころか、坂道を転げ落ちてきた人が送られて来る。
今回ご紹介するのは、松岡さん(仮名)67歳。
この人の人生、「上がったと思ったら落ち、落ちたと思ったら上がる」
情緒が忙しいタイプである。
右足は無いが、プライドは新品同様
松岡さんは50歳の時、重度の糖尿病で右足を根元から切断した。
それ以来、車椅子生活。
だが――
頭は元気。
上半身も元気。
そして何より、まだまだ興奮はする。
本人曰く、「人間、気持ちが若けりゃ大丈夫」
施設職員は、「気持ちと体は別です」と思っていた。
「俺は普通の爺さんじゃない」
当初は貯えがあったため、松岡さんはサービス付き高齢者向け住宅へ。
週2回デイサービスで入浴。
生活は安定している。
ただし本人の自己認識はこうだ。
「まだ51歳だぞ?
俺はちょっと前まで、スーツ着て新橋を闊歩してた男だ」
そのプライドは揺るがない。
施設にいても生活リズムは崩さない。
朝食をきちんと食べ、悪戦苦闘しながらスーツに着替える。
――問題はその後。
スーツに着替えても、行く場所が一切ない。
会議なし。
出勤なし。
取引先なし。
スーツ姿で、一日中ベッドの上。
新聞を読み、本を読み、時々パソコンでネットニュースを見る。
完全に、**「働かない管理職」**である。
お金は、文句も言わず尽きていく
サービス付き高齢者向け住宅は、決して高級ではない。
本当にお金持ちなら、介護付き有料老人ホームに行く。
松岡さんも分かっていた。
「いずれ金は尽きる」と。
そして――
61歳。
予定通り、貯えは尽きた。
生活保護を受けながら、同じサービス付き高齢者向け住宅で暮らし続ける。
しかし、ここから地味にキツい。
新聞は取れない。新しい本も買えない。
自由を奪ったのは右足だけじゃない。
暇つぶしまで奪われた。
夜勤派遣くんという“黒い天使”
そんなある夜。
夜勤専従の派遣社員が入社してくる。
この男、後に松岡さんの人生を無駄に盛り上げる存在となる。
夜中、派遣くんは言った。
「一日中パソコンの前にいられるなら、
株とかFXとか暗号資産、勉強したらいいじゃないですか」
甘い。
甘すぎる。
暇人100%。
時間無限。
やることゼロ。
条件が揃いすぎていた。
奇跡、起きてしまう
派遣くんは文章じゃなく、手取り足取り実技指導。
FX。
チャート。
ロット。
損切り。
そして――
奇跡は起きる。
1年もしないうちに、松岡さんの貯金は1000万円超え。
車椅子のデイトレーダー誕生。
当然、生活保護は終了。
夢の介護付き有料老人ホームへ
1000万円を逆算すると、介護付き有料老人ホームに入っても、いずれ尽きる。
FXを続ける選択肢もある。
だが、いつまでも勝てる保証はない。
悩んだ末の結論。
「少しは良い思いをしたい」
「金が尽きたら、また生活保護に戻ればいい」
発想が、強い。
こうして介護付き有料老人ホームへ。
飯は美味い。
おやつもある。
毎日風呂。
職員は優しい。
そして何より――
Wi-Fi使い放題。
松岡さん、人生の極楽ゾーンに突入。
楽しい時ほど、現実は来る
楽しい毎日ほど、残念なことは突然起きる。
65歳。
貯えの1000万円、完全消滅。
収入は無い。
当然、生活保護を申請。
しかし問題が発生。
金は無い。
だが、贅沢品がある。
・デスクトップパソコン
・高級腕時計
・金(ゴールド)
福祉事務所は言う。
「まずは売って、暮らせるところまで暮らしてください」
松岡さん、食い下がる。
「売っても老人ホーム1ヶ月分ですよ!」
しかし返答は冷たい。
「現状、生活保護にはなれません」
出された打開策
打開策は一つ。
贅沢品は売る。
介護付き有料老人ホームは退去。
生活保護受給者施設へ入所。
そこなら、手持ちの金で2ヶ月いられる。
その後、金が無くなった月から生活保護開始。
――理屈は通る。
だが問題がある。
生活保護受給者施設は、介護施設じゃない
初期にも話した通り、生活保護受給者施設は介護施設ではない。
片足の無い人をそのまま入居させるなんて不可能。
ここで登場するのが、介護付き生活保護受給者施設。
我々の法人ではないが、姉妹団体が運営している。
聞けば、
「そんなのあるなら、最初からそこ行けばよかったじゃん」
と思う。
だが――
老人ホームにあって、ここには無い物も多い。
だから皆、老人ホームを選ぶ。
選択肢は、ひとつ
松岡さんに選択肢は無い。
まさか片足で路上生活なんてできない。
その施設は、東京西部の自然豊かな施設とは違い、
都会のど真ん中。
一歩外へ出れば、楽しそうなものばかり。
だが――
介護を必要とする人たちは、自力で外へ出られない。
ガラス越しに、賑やかな街を眺めるだけ。
なんて残酷な。
人生は、上がる時もあれば下がる時もある。
だが――下がった先に、必ずしも自由があるとは限らない。
それでも松岡さんは、今日もスーツを着る。
行き先は、ベッドの上。
人生は、まだ終わっていないと信じて。

福祉事務所との攻防戦・詳細編
〜「売れ」「いや無理だ」「制度です」三すくみの戦い〜
介護付き有料老人ホームの個室。
松岡さん(仮名)65歳は、人生で久々に緊張感のある面談に挑んでいた。
相手は――福祉事務所。
敵でも味方でもない。だが確実にこちらの希望は通らない存在である。
開幕:「資産がありますね?」
福祉事務所職員は、分厚い書類を淡々とめくりながら言った。
「松岡さん、現在お金はありませんが、
資産はお持ちですよね?」
来た。
最初のジャブである。
テーブルの上に並べられた資産リスト。
・デスクトップパソコン
・高級腕時計
・金(ゴールド)
松岡さん、心の中で叫ぶ。
(全部、思い出込みなんだけどな……)
「売って暮らしてください」という魔法の言葉
職員は続ける。
「まずはこれらを売却して、
暮らせるところまで暮らしてください」
この「暮らせるところまで」という日本語が、実に曖昧で恐ろしい。
松岡さんは食い下がる。
「いや、売っても老人ホーム1ヶ月分にしかなりませんよ?」
理屈は正しい。
だが――正しさは、制度の前では無力だ。
福祉事務所の必殺技「現状では」
職員は一切感情を動かさず、こう言う。
「現状では、生活保護の対象にはなりません」
この
「現状では」
という言葉が曲者である。
・今はダメ
・でも将来は知らない
・希望は持たせる
・しかし今は無理
完璧な官僚日本語。
松岡さん、内心キレる(でも声は出さない)
松岡さんは心の中で思っていた。
(いやいや、
俺もう足ないし、収入ないし、老人ホーム代払えないし、どこをどう見たら「余裕ある側」なんだ?)
だが口には出さない。
長年サラリーマンをやってきた男だ。
「ここで感情を出したら負け」
ということだけは分かっている。
出された「現実的な案」
しばらくの沈黙のあと、福祉事務所は“救済策”を提示してきた。
「贅沢品を売却し、
介護付き有料老人ホームは退去してください」
はい、来ました。
住まいチェンジ宣告。
さらに続く。
「生活保護受給者施設に入所すれば、
手持ちの金で約2ヶ月生活できます」
「その後、
資金が尽きた月から生活保護申請が可能です」
一見、とても親切な提案に聞こえる。
だが問題は「そこじゃない」
松岡さんは静かに言う。
「あの……
生活保護受給者施設って、
介護は受けられないですよね?」
職員、一瞬だけ視線を落とす。
「はい。原則、介護施設ではありません」
はい、詰み。
片足が無い。
車椅子生活。
自力移動が困難。
それを――非介護施設に放り込む?
ここで登場「裏ルートではない正規ルート」
ここでようやく、福祉事務所が切り札を出す。
「ただし、
介護付き生活保護受給者施設という選択肢があります」
松岡さん、内心。
(なにそれ、初耳なんだけど)
説明を聞くと、
・生活保護対応
・介護付き
・数は少ない
・選べない
・場所も選べない
つまり――あるにはあるが、夢はない。
「じゃあ、そこに行くしかないですね」
選択肢は一つ。
「ええ、そこしかありませんね」
この会話、淡々としているが、人生的にはかなり重い。
面談終了後、松岡さんの一言
面談が終わり、車椅子で部屋に戻る途中。
松岡さんはポツリと呟いた。
「金がある時は自由があって、
金が無いと自由が無いんだな……」
誰も聞いていない独り言。
支援員目線の本音(小声)
正直に言う。
福祉事務所は間違っていない。
制度的には正解だ。
だが――人生の感覚としては、あまりにも冷静すぎる。
制度は人を救うが、気持ちは救ってくれない。

介護付き生活保護受給者施設の現実編
〜都会の真ん中で、一番遠い場所〜
松岡さん(仮名)67歳は、こうして人生で三度目の引っ越しをすることになった。
・普通の人生から
・サービス付き高齢者向け住宅へ
・介護付き有料老人ホームへ
・そして――
介護付き生活保護受給者施設
もはや引っ越しというより、人生のステージ移行である。
名前は似ているが、中身は別物
まず最初に言っておく。
「介護付き有料老人ホーム」と
「介護付き生活保護受給者施設」
名前は似ている。
だが中身は、ファミレスと社員食堂くらい違う。
どちらも飯は出る。
だが――
夢と余白が違う。
立地だけは、やたら良い
松岡さんが移った施設は、東京のど真ん中。
駅近。
コンビニ徒歩1分。
飲食店だらけ。
一歩外に出れば、
・ラーメン
・焼肉
・居酒屋
・カフェ
・パチンコ
・人生の誘惑オールスターズ
環境だけ見れば最高。
だが――ここで一つ問題がある。
出られない
松岡さんは、自力で外出できない。
介護職員の付き添いが必要。
だがそれは、「散歩」や「買い物」用には使えない。
つまり――
都会の真ん中で、完全に隔離。
ガラス越しに、若者が笑い、カップルが歩き、サラリーマンが急ぎ足で駅へ向かう。
松岡さんは思う。
(あれ全部、俺が昔いた世界なんだよな……)
部屋は、最低限という名の「余白ゼロ」
部屋は個室。
一応。
だが広さは、「ベッド置いたら終わり」。
・タンス
・ベッド
・車椅子スペース
・小さなテレビ
以上。
有料老人ホームにあった「なんとなくの余裕」は、きれいに削除されている。
Wi-Fiは、ある(だが速くはない)
松岡さんが最初に確認したのは、Wi-Fi。
これは現代高齢者の生命線である。
結果――
ある。
ただし、
・動画は止まる
・夜は激遅
・FXチャートは見づらい
つまり、再び夢を見る環境ではない。
食事は「ちゃんとしている」
誤解してはいけない。
食事は、ちゃんとしている。
・三食出る
・栄養管理されている
・文句は言えない
だが有料老人ホームのような「選べる楽しみ」は無い。
出されたものを食べる。
以上。
松岡さんは言う。
「文句言ったら、罰が当たるな」
職員は優しい(でも忙しい)
職員は、皆優しい。
ただし――とにかく忙しい。
笑顔はあるが、雑談の時間はほぼ無い。
有料老人ホームのような「世間話しながら介助」ではない。
ここは、生活を回す場所なのだ。
入居初日の夜、松岡さんが考えたこと
初日の夜。
ベッドに横になり、天井を見つめながら松岡さんは考えた。
(俺、一回1000万持ったんだよな……)
人生で一度、金があり、選択肢があり、贅沢ができた。
そして今。
制度に守られ、生きてはいけるが、選択肢は無い。
それでも、朝は来る
翌朝。
松岡さんは、いつも通り朝食を食べた。
そして――スーツに着替えようとして、ふと止まる。
(ここでスーツ着て、誰に見せるんだ?)
しばらく考えて、結局こうなった。
上だけスーツ
下はジャージ。
上はスーツ。
半分だけ現役。
鏡に映る自分を見て、松岡さんは笑った。
「俺、まだ諦め悪いな」
支援員として思うこと
介護付き生活保護受給者施設は、確かに必要だ。
行き場のない人を、確実に守る。
だが――一度、「良い生活」を知ってしまった人には、なかなか厳しい現実でもある。
制度は平等だが、人生は平等じゃない。
それでも、人生は続く
松岡さんは、今日もパソコンを開く。
FXは、もうやらない。
チャートも見ない。
代わりに、ニュースを読む。
世の中を、まだ諦めていない証拠だ。

