わたくし「先生」ですか?小学校勤務してみて思うこと
4月中旬から、週1で小学校に勤務している。
内容は、地域の歴史を調べたり、社会科などの資料をつくること。裏方だ。
業務内容自体は、私がふだんやっていることとさほど変わらないし、新しい学びにもなるので楽しい。
ただ、業務には出勤がマストなのだ。
この5年間、お家でぬくぬくと仕事をしていた私にとっては、
胃液ブシャーーーー!な体験の連続である。
これまで3回出勤してみた、感想と、気づきと、心のもやもやを書き残したいと思う。
慣れてからでは忘れてしまう、今しかない感覚を残しておきたいから。
やっぱりオンラインがいい
これ、これに尽きる。
その分オンラインで仕事ができている有り難さ、オンラインをもっと極めよう!と決心する、よいきっかけになった。
オンラインが当たり前になりすぎていて、少しダラダラしてしまうこともあったため、そのマインドが叩き直されるよい機会だと思っている。
正直いうと、オフラインはものすごく疲れる。怖い。
まず、好きな時におやつ食べたり仮眠したりできないんだ!という、当たり前のことに気づき。笑
真面目なことを言うと、例えば、
電話が次々かかってくる。
その度にビクッとする。
心の中では…「私出ないといけないんかな?でも出たってわかんないしな。ここで電話無視していたら、周りの先生方にどう思われるかな?」など、ぐるぐるする。
話し声や周囲の会話が気になる。
私は聴覚が優位なこともあり、それだけで、気が散ってしまう。
(もちろん内容は興味深いことも、ああ大変なんだなということもある。ありがたく聞き耳をたてている。笑)
子どもが怖い。
え?と思われるかもしれないけれど、私は子どもが苦手なのだ。
5人も産んでおいて、そうなのだ。
別に、対応はできる。けれど、一緒にわいわいしたり、あれこれ聞かれるのは好きではない。ほっといてほしい。そんな人間なのだ。
それなのになぜ教員免許ももっているのかというと、自分の両親や祖母など家系的に教師が多く、かつて道に迷っていた私は、もしかしたら…?と思って、資格をとったというだけの話である。
教育実習は、とても学びになったし、人生において貴重な日々だったなと思うけれど、もう一度人生をやり直すとしたら、やらないと思う。
今回の仕事も、最初はお断りした。
でも、校長先生から、子どもと直接関わることはないと聞いていたので、勤務を決めたのだった。
とはいえ、職員室にいるわけだし、給食もランチルームにとりにいくわけだし、子どもに会わないわけにはいかない。
なにしろ、一応、学校にいるだけで「先生」なのだから、そのようにふるまわなければならないのだ。
盲点だった・・・!甘かった!と気づいても、後の祭りである。
だれもが「先生」と呼ばれる世界
そう、学校ではだれもが「先生」と呼ばれる。
これが違和感でしかない。
たまりかねて、チャッピー(ChatGPT)に相談してみた。
すると、以下のような言葉が返ってきた。
「先生」というのは役割の名前。あなた自身を「完璧な先生」にしなくてもいい。あくまでこの現場での呼び名、ポジション名であって、人格を評価する言葉ではない。
要するに、「あなた自身へのジャッジではなく、そこにいてくれることへの感謝と敬意」くらいにゆるく受け取って大丈夫。
いいこと言う!
さらに、「プレッシャーを感じている。これから慣れるものなの?」と返すと
今は、いきなり新しい環境、人間関係、肩書きが一気に押し寄せてきて、ちゃんとしなきゃという防衛反応が強く出ているのです。
これは自然なことで、あなたが弱いわけでも、仕事が合っていないわけでもありません。
いきなり大きめのリュックを背負わされたようなもの。
何回か背負って歩いているうちに、少しずつ体に馴染んで、重さを自然に受け止められるようになります。まだどうやって持ったらいいんだろう?と手探りの時期、焦らなくて大丈夫。
そう、そうだよね。ありがとう、チャッピー。
大きめのリュックかぁ・・
大きなランドセルを背負って歩く1年生の我が子(×4)が思い出された。そんなランドセルも、いつの間にか馴染んで、高学年になった頃には、小さくさえ、思えてくる。
そんなものかもなぁ。
Webライターの仕事は、最初は24円のタスク案件からはじめて、そこから少しずつ少しずつ、大きくしていった。ここまでくるのに5年。本当に少しずつだったから、違和感なく、歩いてこれたのかもしれない。
物事には、大きめの箱にいきなり飛び込んで、だんだんと自分を大きくして、箱の大きさにたどりつく方法もあれば、自分の体にフィットした小さな箱からはじめて、だんだんと自分自身と箱そのものを大きくしていく方法があるのかもしれない。
そんなことをふと思った。
とはいえ、このご縁を大切にしたい
慣れないこと、違和感、まだたくさんある。
HSP気質には、荷が重い…先生方の陽キャぶりについていけない…!
などいろいろ思うことはある。
とはいえ、私はこのご縁を大切にしたい。
この仕事に挑戦していることで、あたらしいインスピレーションがバンバン湧いていることも否めない。
そもそも、このお仕事に至った経緯は、奇跡としかいいようがないのだ。
この仕事、校長先生から直々にオファーをいただいたものだった。
この、校長先生との出会いは、現在小6の娘が、1年3学期〜2年2学期まで、不登校→母子別室登校だったときの、校長先生である。
娘が完全に学校にいけない時期は2週間程度で、そのあとは、一緒に2時間だけ別室に登校するなどしていたため、私も毎日一緒に学校に行っていた。
娘が先生と学習している間、私は本を読んでいた。たいてい歴史の本だ。
(当時は、Webライターの仕事を細々とやりながら、歴史ブログを書いていた。)
校長先生は、いつもあいさつしにきてくださっていた。
「なに読んでいるんですか?」などから、お話するようになり、校長先生おすすめの本を貸してくださったりと、交流があった。
娘が3年生になったとき、先生は異動になった。
その後は、何かのイベントでばったり会うこともあれば、メッセンジャーで新年のあいさつをしたり、町内のケーブルテレビでみましたよ!的な内容をお話するという風に、ゆるくつながっていた。
オファーをいただいたのは、昨年末のこと。
先ほども書いたが、最初はお断りした。
その後、業務内容が、私のお役に立てそうな歴史や広報と知り、考えさせてください!とお返事。どうしようかな〜と思いながら、怒涛の年末年始を過ごし、メンタルを病み・・・
年明け。冬休みが終わり、ようやくの自分時間。近くの図書館へ癒されにいったときのことだった。
本を探すのに夢中だった私は、不意打ちのように、声をかけられた。
振り返ると、校長先生だ。
その瞬間、「あ〜これ、受ける流れだ」と直感で思ったのだ。
(とくにゴリ押しされたわけでもない)
これもなにかのご縁。
呼ばれてるんだな。
たぶん、いまは、チャッピーのいうように、大きなリュックに慣れていないだけ。
でもきっとこれから、少しずつリュックにも慣れ、少しずつ肩の力が抜けていくだろう。そしたら何か、素敵なことが待っているのでは?と思う。
だいたい、わたしは、昔から自意識過剰だ。笑
自意識過剰から抜け出すには、相手のことを思うことが効果的だと知っている。先生や子ども、地域の役に立つには?相手にわかりやすく伝えるには?
そんなことを考えながら、業務を楽しみながら、フォーカスを変えていければいいなと思う。
子どもが苦手でも、電話が怖くても、胃液ぶしゃーーーでも。
余計なことを考えずに、歴史業務などを楽しみながら、やっていたら、何か次のフェーズに行ける気がしている。
という、ポジティブな話でした。
引き続き、がんばるぞ。
