孤島の凡才たち
「……ふああ」
本日百回目のあくびが、オレの口からこぼれ出る。百回と言えば、小学生の頃しゃっくりをすると「しゃっくり百回すると死ぬんだぞ!」と同級生からはやし立てられたが、あれは本当なんだろうか? 百回しないままここまで生きてきてしまった。これから先、説を立証できる自信もない。
「何だ、あれ」
時折、太陽の反射を受けて水面がまぶしくきらめくだけの海。水の色は、絵の具で塗ったような鮮明な青。
その青を引き裂くように、白い島のようなものが徐々に近づいてくる。
「……おいおい」
白い島は近づくにつれ、その正体をあらわにした。一艘のヨットだ。
「え、誰?」
オレと同じ年くらいだろうか。ヨットから降りてきたのは、顎のあたりまで伸ばした髪を人工的なブロンドに染めた若い女だった。
「嘘だ、こんなところに人いるの?」
「それは、こっちの台詞だ」
「どっかで見たことある顔だなー、あんた」
どこで見たんだっけなー。
金髪の女は、首を傾げながらオレの顔をしげしげと見つめた。
「何かの勘違いだよ。自分と似てる人間は、この世に最低でも一人以上はいるってさ」
「いや、そういうのじゃないんだって。絶対、あたしはあんたをどこかで……あ」
女の口が、アルファベットのOの形になる。
「配信者のタケシだろ! 『浴槽で特大ミネストローネ作ってみた』で十万再生したやつ」
「……ちっ」
盛大に舌打ちが出てしまう。
知らんふりで通そうとしたところをばれた。
「あれ結構好きだったよ。最低で十回は再生した」
「そりゃ、どーも」
「今度は何? 無人島配信?」
「違うよ。配信はもうやめた」
一か月前までは、部屋にこもって編集をしていたが。
「え、そうなんだ」
女の驚きは、嘘をついているようには見えなかった。
「最近見てなかったから、全然知らなかったわ」
「じゃあ、あんたは世間じゃオレがどうなったのかも知らなかったりするのか?」
「何が?」
「世間じゃもう、オレ死んでるんだよ」
「はあっ!?」
女の絶叫がストレートに耳に直撃する。
「ネットでも話題になってたと思うけ……。いててて、はひすんだよ!」
オレの話を聞くこともなく、女の手が伸びてきてオレの頬をつねった。しかも、かなり力が強い。
「何だよ、痛いのかよ」
「……たっく、なんだよ。いてえよ」
「じゃあ、死んでねーじゃん。生身の人間じゃん」
これには、深い訳があってだな。
もう十年ほど前だろうか。
アメリカの大手IT企業を中心として、人間にほぼ近いボディのアンドロイドを安価に量産できるような技術が開発された。
人間の肌に最も近い特殊なシリコンでできたボディ、喋り方も声も本物の人間とほぼ変わらない声帯を持った人工知能を搭載したアンドロイドは大きな話題とともに、普及し始めた。
といっても当初は一体につき数百万円ほどかかったため、一部の富裕層にしか作ることができなかったが、年を経るにつれ、値段も安くなっていった。
庶民のオレが買えるようになる頃には、百万円弱で作ることができるようになっていた。
「作るときが一番大変だったんだけどさ」
アンドロイドを作るときは、顧客が顔写真とともにどんな顔立ちにするのかをメーカーに送らないといけない。作りたいアンドロイドの顔も自分の顔写真にしたら、「作成者本人と同じ顔に作ることはできません」というお断りメールが来た。
だが、オレは諦めなかった。
どうしてもオレそっくりのアンドロイドを作りたいんです。悪用はしません。追加料金でも何でも払いますから、お願いします!
数千字を超える文字量で、そんなことをメールで訴えた。
熱意とともに迫られるのがめんどくさくなったのか、はした金が欲しくなったのか。メーカーはオレの顔そっくりのアンドロイドを作ることを承諾してくれた。
「いくらぐらい払ったの」
「うーん、五十万ぐらいかなー」
「悪いやつだな」
「何とでも言え」
数か月後、シリコンと金属その他でできた偽タケシが出来上がった。
「結構気持ち悪かったぜ。自分と瓜二つだけど違う存在が目の前にいるってのは」
オレは半年ぐらい機械でできた第二の「オレ」と過ごした。オレの性格とか喋り方を似させるためだ。
その結果、自分でも気持ち悪くなるほど性格もそっくりの「オレ」ができあがった。
「それから、配信させたんだよ。雪山籠ってきてくれ、って言ってさ」
「タケシ、命がけの山籠もり修行!」などと題打って、オレは第二の「オレ」にカメラや機材なんかを持たせ、山に行かせた。
それほど高い山ではなかった。
しかし、時期が悪かった。季節は冬、そしてその山は冬ならいつ雪が降ってもおかしくない豪雪地帯だったのだ。
「無論、遭難した」
オレの顔をした機械の最期はよく覚えている。
予想通り降りしきる雪の中、それでもあいつはカメラを片手に山を登っていた。他人のつもりのオレが見ていた配信では「やばいやばい」「4ぬって、これ」というコメントが沸いていた。
山登り配信から一時間、ほぼ雪の白しか映っていなかった配信映像からは「あっ」という短い叫びが一瞬聞こえた。そして一気に画面が急降下し、やがては何も映らなくなった。
親切な視聴者の通報により、雪が収まったころには救助隊が探しにきた。だが、ボディは救助が難しいところに落ちたらしく、捜索は断念されることになった。
多分、あの山のどこかで偽タケシのボディは寒さとともに朽ち果てている。
「で、ここに逃げてきたってわけ」
ここは東南アジア付近の小さな無人島。「所有者はいない」という重要な情報をインターネットで得たあと、乗り捨てるつもりで買ったヨットでここに来たのだ。ちなみに、ヨットを買ったら配信なんかで稼いだオレの全財産は全てなくなった。
今は島に生えている果物や、海で取れる食べられる魚なんかで何とか生きている。いつまで持つかは知らないが。
「……つーかさ」
女が顔を険しくする。
「遭難したんじゃないだろ。あんたが遭難させたんだろ」
「そうともいう」
「開き直んなし」
ここまで来たら開き直るしかない。
「人の心ないよな、あんた?」
「ない」
まともな人の心あったら、賄賂渡してでも自分と同じアンドロイドなんか作ってない。
「……ま、あたしも他人のこと言えないけどね」
「どういうことだよ」
「同じだよ。自分で自分のアンドロイド作って、死なせたの」
言葉を失った。
「あたしの場合、溺死だったな。自分のアンドロイド海に突き落として、匿名で通報して逃げてここに来た」
「……マジか」
こんなことするやつ、オレ以外にいないと思っていたんだけどな。
「あーあ、同じことするやついたとはなー。こんな死に方思いつくなんて、天才じゃん! とか思ったのにさ」
心底残念そうに、女が肩をすくめる。
「天才とサイコパスは紙一重だっていうけど、本当かもな」
「数人もいる時点で、天才じゃないけどな」
「ははっ、言えてる」
女が乾いた声で笑った。
「……でも、なんでそんなことしたんだ?」
「自分の人生つまんねーなと思ったから」
「毎日遊んで、動画撮って公開すれば金になるし、ちやほやされるのに?」
「いつまでも楽しいわけじゃないんだよ」
そう答えると、女は何も返してこなかった。
「そういうあんたはどうなの?」
「……何でだっけな」
隣から、重いため息。
「似たような理由かも」
「なんとなくそう言うと、予想はしてたよ」
「だよな」
孤島の空の下、二人分の乾いた笑いが響く。
そして、天才だったオレは凡才になってしまった。
