『百の灯りに寄せて』
このたび、拙い文章を気にかけてくださる方が100名という節目に達したと知り、胸の奥から静かな感謝の波が広がりました。
会ったことも、声を交わしたこともない。
それにもかかわらず、画面の向こうに確かに「誰か」がいて、私の言葉に触れてくださっている。
この事実が、どれほど私を支える力になっているか、計り知れません。
私はこれまで、誰に見せるあてもなく、頭の中に浮かぶ言葉をただ書き留めてきました。
それは、思春期の痛みをそのまま残したような、青く幼い文章です。
友人にも家族にも見せることができず、いつもノートの端に隠すようにして書いていました。
「誰かに読んでもらいたい」——そんなかすかな願望が芽生えるたび、「身の程を知れ」と自分をたしなめる声が、すぐにその芽を踏みつぶしてしまう。
長いあいだ、私の言葉は、光の届かないところで息を潜めていたのです。
転機は、ふと耳にしたポッドキャストでした。
イヤホンから小さく響く声が、まるで古い友人の囁きのように感じられたのです。
「note」という場所を知ったとき、私は思いました。
顔を出さず、名前も名乗らず、それでも書くことができるなら。
たとえ笑われても、仮面の下でなら、少しは痛みが和らぐかもしれない——そんな小さな逃避心とともに、私は最初の投稿ボタンを押しました。
振り返れば、初期の文章は無惨そのものでした。
構成は崩れ、文体は揺れ、いま読み返すと直視できないほど拙い。
「スキ」はほとんどつかず、静寂だけが画面に広がっていました。
けれど、その無音の向こうには、誰かの生活の灯りがきっとまた灯っている——そう思うことで、自分を支えていたのです。
そして、あの沈黙の時間こそが、私にとっては尊い出発点だったのだと思います。
誰にも届かない言葉であっても、そこに自分の確かな「声」があった。
その事実が、今では何よりも愛おしいのです。
そして今、毎日のように温かい足跡を残してくださる方がいます。
数多の文章の中から偶然この小さなページに辿り着き、読んでくださる。
その偶然が、いつしか静かなご縁に変わっていく。
顔は見えずとも、心がそっと触れ合うようなこのつながりを、私は生涯大切にしていきたいと思っています。
noteの海を漂いながら、ハッとさせられることがあります。
ここには、人生の熟成を経た書き手が多い。
私よりも一回りも、二回りも年上の方々の言葉には、時間を生き抜いてきた者だけが持つ深みと静けさがある。
痛みも喜びも知った人の言葉は、どこか柔らかく、そして強い。
その文章に触れるたび、私は「こうありたい」と強く願わずにはいられません。
私もまた、拙さを抱えたままでも、一歩ずつ成長していきたい。
書くことを通じて、少しずつ世界と、そして自分自身と和解していきたい。
その決意を胸に、これからも誠実に筆を進めてまいります。
改めて、100名の皆さまへ。
あなたの「ひとつのスキ」が、私にとってはひとつの灯りです。
この灯りが消えぬよう、これからも真摯に言葉を紡いでいきます。
心より、ありがとう。
