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【短編小説】一歩を踏み出せない私が、雨に教わったこと──「変わる」って、案外悪くないのかも|虹色創作部

休日の午後3時。

いつものカフェで、私は窓際の席についていた。店内を見渡せる、私の休日の定番の席だ。カプチーノをひと口。泡が少しだけ唇に残る。
スマホを取り出して、いかにも「忙しい人」という顔で画面をスクロールしているが、実際は見るものなんて何もない。

最近の私は、何をしても心が弾まなかった。




私がずっと逃げ続けていたもの

仕事では言われたことを黙々とこなすだけ。

「新しい企画、一緒にやってみない?」と誘われても、「私には無理です」と首を振る。友人からの「今度みんなでキャンプ行かない?」というLINEも、「忙しくて…」と嘘をついて断った。

本当は時間なんて、いくらでもあるのに。

窓の外を歩く女性。少し目元が赤い。
「……恋人とケンカ帰り?」

隣の席のスーツ姿の男性は、スマホをにらみつけながら深いため息をついている
「営業成績がふるわないんだなぁ」

そんな風に勝手に物語を作っては、ひとり納得する。これが私の「密かな休日の楽しみ」だった。

でも、最近になって気づいてしまったのだ。
私はいつも、他人の不幸を想像している。
そのほうが楽だったから。
自分が「まだマシな側」にいられる気がしたから。

実際に新しいことを始めて失敗するより、「どうせ失敗する」と決めつけて何もしないほうが傷つかない。友人に誘いを断られるくらいなら、最初から「忙しい」と嘘をついてこちらからは誘わない。

そうやって、いつからか私はどんどん動けなくなっている気がする。



突然の雨と、予想外の発見

そのとき。

「バラバラバラッ!」

ガラスに大粒の雨が叩きつけた。外は一瞬で白くけぶり、通りを行き交う人たちが一斉に走り出す。
私はバッグから顔を覗かせている赤い折り畳み傘を睨みつける。この傘では、この豪雨に立ち向かえる気がしない。

「最悪」
いつものように、私は文句を呟いた。

数分後、店内は雨宿りする人でいっぱいになった。

私の前に座ったカップルは、予定が崩れたことを笑い飛ばしている。
「じゃあさ、映画でも行っちゃう?」
「いいね、それ! 雨のおかげで時間ができちゃったし」

雨の……おかげ?どうして笑えるんだろう。

窓辺に立つスーツ姿の男性は、電話口で「いやぁ、びしょ濡れです! でも大丈夫、大丈夫。こんな日もありますよね」と笑っている。

私なら絶対に不機嫌になる場面なのに。

その瞬間、私はハッとした。
私はずっと、同じ出来事を「最悪」として受け取ることを選んでいた。でも、目の前の人たちはそれを偶然として「未来の可能性」に変えていく。

違いは何だろう?

彼らは雨を「機会」として見ている。それに対して、私は雨をただ「邪魔なもの」として決めつけている。

同じ雨なのに。




心の中で本当に求めていたもの

思い返してみる。

職場の企画を「無理」と断ったのは、失敗するのが怖かったから。 友人の誘いを「面倒」と断ったのは、急なドタキャンで傷つくのが怖かったから。

カフェで人間観察ばかりしているのは、自分が傷つかない安全な場所にいたかったからだ。

でも、本当は?

本当は、新しいことにワクワクしたかった。 本当は、友人ともっと深い時間を過ごしたかった。 本当は、誰かと一緒に「最悪」を「最高」に変える経験をしたかった。

私が心の中で本当に求めていたのは、「変化」だった。

それなのに私は、変化する前から「きっとダメになる」と決めつけて、自分で自分を檻に閉じ込めていた。




傘を持って、外へ

やがて、雨脚が弱まった。灰色の雲のカーテンがすこし薄れて、通りの景色がにじみ出す。
私は赤い傘を手にして立ち上がる。

外に出ると、まだ細かな雨が降っていた。

アスファルトに散る水滴が、ちりちりと音を立てる。
念のため傘を開いて歩き出す。パラパラと小さな音が傘に響く。

横断歩道で信号待ち。

ふと空を見上げた。雲の切れ間から光が差している。思ったより明るい。
街路樹の葉がきらりと光り、雨に洗われた空気がすうっと肺に入ってくる。
見下ろすと、アスファルトに落ちる雨粒はもうポツポツ程度だった。

「このくらいなら、ささなくてもいいか」

休日だし、多少濡れたって帰ってシャワー浴びればいいだけだ。
思い立って、傘を閉じてみることにした。

しっとりとした空気が肌に触れる。思ったより心地よかった。

「……まあ、どうにかなるか」

自分の声が思ったよりも晴れやかで、少し驚いた。
水たまりに映る空は青く、私の心も同じ青さで輝いていた。





私たちにとっての「赤い傘」

私たちはみんな、心のどこかに「赤い傘」を持っている。

いざというときのための「保険」として。
傷つかないための「言い訳」として。
変わらないための「理由」として。

でも時には、その傘を閉じて歩いてみる。
少し濡れても構わないと思ってみる。

そんな勇気が、私たちの心に新しい青空を見せてくれるのかもしれない。

明日の私は、どんな「赤い傘」を握りしめているだろうか。 そして、その傘を手放したとき、どんな景色が見えるのだろうか。

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