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なぜ、あの質問は届かなかったのか|第一章:まず、受け取るということ ②

この2年くらい、私はずっと傾聴について探求してきた。

どうやったら傾聴を教えられるんだろう。 どうやったら、人の話をちゃんと聞くということを言葉にできるんだろう。 どうやったら、それを感覚だけではなく、伝えられる形にできるんだろう。

そんなことを、ずっと考えてきた。

傾聴力講座をやったり、対話力講座をやったり、本当に濃い言語化の日々だった。 質問とは何か。 聞くとは何か。 ジャッジしないとはどういうことか。 相手の背景を想像するとはどういうことか。 そういうことを講座の形にしながら、自分でも考え続けてきた。

でも今振り返ると、私は理論から傾聴に入ったのではなかったのだと思う。

やっぱり大きかったのは、実体験だった。

私のセッションに、カウンセリングを受け終えた方が来られたことがあった。 そろそろ行動に移りたいから、コーチングを受けたいということで来てくださった方だった。

でも私は、その方にどう返したらいいのか、本当にわからなかった。 どう質問したらいいのかも、これで合っているのかもわからない。 毎回、冷や汗をかきながら話を聞いていた。

たしか五回目くらいのセッションだったと思う。 私は理論的に整理して関わっていたわけではなかった。 ただ、その人が少しでも言葉にしやすくなるように、こうかな、こうかな、と手探りで問いを置いていた。

すると、その方から感想をいただいた。

「ようやく言葉にすることができました」

その言葉を聞いたとき、私ははっとした。

ああ、私は問題を解決するために質問していたのではなかった。 相手が、自分の中にあるものを言葉にできるようになるために、問いを置いていたのだ。

そのことに、そのとき初めて気づいた。

今思えば、あれが私にとって、傾聴の入口だったのだと思う。


それから少し経って、メンタルケア講座で学んだことが、私の中で大きな意味を持ち始めた。

その講座の中で、いちばん心に残ったのが、 「死にたい」と言っている人に、何と返すか という話だった。

そのとき教わったのは、 「そんなこと言っちゃダメだよ」 でもなく、 「なんでそう思うの?」 でもなく、 まずは 「死にたいと思っているんですね」 と返すことだった。

そこで、かなり驚いた。

え、そっちなんだ、と思った。 止めるのでもない。 励ますのでもない。 理由を聞くのでもない。 そんなふうに返していいのか、とすら思った。

でも、その驚きが大きかったからこそ、逆にはっきり見えたものがあった。

ああ、ここで目指しているのは、問題解決ではないんだ。 相手が話せてよかったと思えること。 自分の苦しさをここで受け取ってもらえたと感じられること。 そこが、最初のゴールなんだ。

そこでようやく、以前のセッションで起きていたことも、私の中でつながった。

「ようやく言葉にすることができました」

あの言葉も、同じことだったのだと思う。 私は何かうまいことを言えたわけではなかった。 正しい質問ができていたわけでもなかった。 ただ、その人が自分の中にあるものを言葉にできるまで、そこに付き合っていた。

そしてそのことが、相手にとっては大きかったのだ。


傾聴とは、何か正しいことを返すことではない。 相手が今いる場所を、まずそのまま受け取ることなのだと、そのとき初めてわかった気がした。

その「ただ受け取る」ということが、どれほど大事で、どれほど難しいか。 私はそこから、少しずつ現実の中で学び始めた。

人はつい、何か言いたくなる。 助けたくなる。 良くしてあげたくなる。 間違っていることを訂正したくなる。 苦しそうな人を前にすると、なおさらそうなる。

でも、その前に必要なことがある。 まず、相手がここで話せること。 話してよかったと思えること。 受け取ってもらえたと感じられること。

そこからしか、始まらないものがある。

今、私は対話についていろいろ言語化しているけれど、そのいちばん最初の入口には、この経験がある。

その言葉を学んだのは、2013年のことだった。 それからずいぶん経って、実生活の中で、その言葉を自分が口にする場面があった。

「死にたいと思っているんですね」

その言葉を、知識としてではなく、実際に使ったことがある。 それは私にとって、とても大きかった。

そこにあったのは、苦しさを否定せず、急がず、先回りせずに受け取ろうとする姿勢だった。

私は、その姿勢を学んだ。

そして、すべてはそこから始まった。


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📚なぜ、あの質問は届かなかったのか?


Art of Being |堀口ひとみ
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