「虚しさ」に、蓋をしない
嫉妬という感情は、修行僧でも最後まで残るものだ。
そんな話を聞いたことがあります。
嫉妬。
あまりきれいな感情ではないように思えるけれど、振り返ってみると、私の人生にはいつも「ライバル」と呼べる人がいました。
「あの人には負けたくない」 「もっと上手くなりたい」 「私だって、できるようになりたい」
そんな気持ちが、自分を奮い立たせてくれたことは何度もあります。
嫉妬も、悔しさも、負けたくないという気持ちも、決して心地よいものではありません。
でも、間違いなく私を成長させてくれた感情でもありました。
かつてライバルだと思っていた人たちは、今、それぞれ別の道を歩み、その道を極めています。
そして最近、ふと思うのです。
私には今、「ライバル」と呼べる人がいない。
もちろん、周りには素晴らしい講師の方々がたくさんいます。
でも、その方々に抱く感情は、嫉妬というよりも、憧れや尊敬です。
「すごいな」 「こんなふうになれたらいいな」 「もっと学びたい」
そう思うことはあっても、「負けたくない」とは少し違う。
というより、ライバルとか嫉妬とか、そんなことを言えるレベルではない、と思ってしまうのかもしれません。
では、最近よく感じる感情は何だろう。
考えてみると、浮かんできたのは、
「虚しさ」
という言葉でした。
なぜ虚しいのか。
年齢を重ねたからなのか。 ある程度、やりたいことをやってきたからなのか。 それとも、まだ何かを求めているからなのか。
自分でも、よく分かりません。
この「虚しさ」を、どう取り扱ったらいいのだろう。
そんなことを考えていた今日、何気なく聴いていたラジオから、こんな言葉が聞こえてきました。
「虚しさを感じる。避けるのではなく、感じる」
その言葉が、妙に心に残りました。
私なりに受け取るなら、
「虚しさを、味わってみる」
ということなのかもしれません。
寂しいなら、寂しい。 虚しいなら、虚しい。
すぐに理由を探したり、 前向きになろうとしたり、 次の目標で埋めようとしたりしなくてもいい。
ただ、その感情が今の自分の中にあることを、そのまま感じてみる。
これまでの私は、悔しさや嫉妬をエネルギーに変えて、前へ進んできたのかもしれません。
でも、これからは違う感情との付き合い方を覚える時期なのかもしれない。
虚しさを味わった、その先に何が見えるのか。
今はまだ、分かりません。
新しい目標が見つかるのかもしれないし、 何も見つからないかもしれない。
でも、それでいいのだと思います。
虚しさを急いで埋めようとせず、 しばらく、味わってみる。
今日、ラジオから聞こえてきた言葉に、 なんだか少しだけ納得した自分がいました。
