イリュージョン・サーガ 【第2話】
「なんかこれ、体に張り付いて動きにくいぞ」
カイルは苛立ちを隠せず、服を引っ張りながら言った。エリオスは驚き慌てて制止する。
「カイル!服を脱ぐな!」
エリオスの言葉に、カイルは一瞬動きを止めたが、次の瞬間にはすでに服を脱ぎ始めていた。
「だって、これじゃ戦えないだろ?エリオスもそんな格好して暑くないのか?」
「カイルの体にある模様は目立つ。俺もダークエルフだからな。セルフィア村の連中のように世間は寛容じゃないんだ」
エリオスはローブを纏いながら言った。彼の顔はフードに隠され、肌も隠れるように工夫されている。
「分かったよ。でも、これじゃ動きにくいのは事実だぜ」
カイルは再び服を整え、動きを確かめた。
エリオスはため息をつきながら、カイルの服をタンクトップと半ズボンに調整し、少し動きやすくなるように手助けした。
「これでどうだ?」
「これならなんとかいける。ありがとな!」
カイルは腕を回して動きやすくなった事に満足げだ。
「その模様は西の方に体に模様を描く部族がいるそうだ。そこの出身だとでもしておこう」
現在、人と魔獣は相容れない存在だ。
もし、カイルが魔獣と関わりがありましてや魔獣に育てられたと知られようものならば騒ぎになるだろう。
「いいか、くれぐれも魔獣の森から来たとか魔獣との戦いでついた模様だとか言うなよ」
「ん?何でだ?」
「いいから!わかったな!」
「お、おう」
エリオスの迫真の勢いにカイルは顔を引き攣らせ頷いた。
「まったく…」
エリオスは先が思いやられるとため息を零した。
ガサツで無鉄砲、世間知らず、無計画、猪突猛進だが、行動力があり純粋な正義感と強い意志を持っている。
そんなカイルにエリオスは人として惹かれていた。
村の人々は好きでも嫌いでもない。亜人を受け容れてくれるが、父や母が殺される時や亜人の大人たちが捕まった時は村人たちは何もしてくれなかった。
だからといって、力のない村人たちがどうすることも出来なかったことは分かっている。
村人以外の人間種は嫌いだ。亜人を差別し人間種こそが至高だと思っている。
鬼才さえいなければ、他の種族の中で一番劣る劣等種だというのに。鬼才がエルフや妖精族に並ぶ程に強いだけで他の人間など無能だ。
そんな考えを持つほどにエリオスは人間が嫌いなのだが、初対面であるはずのカイルには嫌悪感を抱くことはなく協力までしている。
──こいつが魔獣に育てられ他の人間種とは違うからか?
エリオスは自分自身に問いかけるが、その答えは見つからない。
「エリオス!あれはなんだ!?」
思いに沈んでいるとカイルの興奮した声にハッとして、振り返った。
カイルが指差す方角には別の村から物資を運んでいる馬車だった。
「あれは馬車といって村からダークヘイブンに物資を運んでいる途中だろう」
「あの動物と後ろのクルクル回っている動物はなんだ?魔獣でもあんな変なのは見たことないぞ」
「あの動物は馬。後ろのやつは動物ではなく荷台というんだ。あのクルクル回ってる部分は車輪。車輪の上に板を乗せて人や物を運ぶんだよ」
カイルは興味津々で馬車を眺めながら、エリオスの説明に耳を傾けた。
「へえ、馬車って言うのか。すごく便利そうだな」
エリオスは頷きながら続けた。
「そうだな。馬車は長い間使われている運搬手段で、物資を効率よく運ぶために設計されている。村とダークヘイブンの間を往復しているんだ。こうして物資が村と街をつなげているんだよ」
カイルは感心した様子で馬車を見つめ続けた。
「なるほど、便利そうだな。俺もそのうち乗ってみたいもんだ」
「乗ってみるか?」
エリオスは笑みを浮かべてカイルを見た。
「乗れるのか!?」
カイルは子供のように目を輝かせた。
人間は嫌いだが、ダークヘイブンに着くまで出来るだけ体力は温存しておきたい。
二人は馬車の元へと向かうとエリオスが業者と交渉し、荷台に乗せてもらえることになった。
「見ろ、あれがダークヘイブンだ」
四半刻でダークヘイブンの城門が見える所まで来た。
検問所に着くと業者にお礼を言って二人は荷台から降りた。
ダークヘイブンは広大な平原に位置し、幾つかの主要な道と河川が交差する地点にある。
城壁で囲まれたこの街は、周囲の地域と容易に接続できるため、商業や軍事の中心地として機能している。
検問所はガレスから奪った通行手形を見せ難無く通過することが出来た。
「よし、まずは…宿屋「飯屋」を探そう」
エリオスの言葉に被せてカイルが言うと、カイルのお腹が盛大な音を上げた。
「カイル…ここに来る途中、アベルさんが持たせてくれた弁当食ったはずだよな?」
「もう消化した」
カイルはお腹を擦りながら笑顔で言う。
「なぁ、エリオス。腹減った。飯食おうぜー」
「ええい、うるさい。離せ」
まとわりつくカイルを引きずりながら宿屋を探すエリオス。
「きゃあぁぁぁ」
街の広場で突然、大きな悲鳴が上がった。道を歩いていると、周囲の人々が慌てた様子で走り回り、ざわつく声が聞こえてきた。
「なんだ、あれは?」
カイルは周囲を見渡し人集りが出来た広場の方を背伸びして眺めた。
「何か問題が起きたようだな」
広場へ目を向けながらエリオスが眉をひそめた。
「ちょっと様子を見に行こう」
カイルの発言で二人は混雑する広場に向かい、人々の流れに従って進んでいった。
騒動の中心で馬車に轢かれた男の子が見えた。周囲の人々が心配そうに集まっている中、男の子は痛みに呻き、動けない様子だ。
「誰か助けて!」
と母親らしき女性が叫んでいたが、人々はパニックに陥り、どうしたらいいか分からない様子だった。
馬車の窓が開き中から外を確認する男性が現れた。男の子を轢いたのは貴族の馬車だった。
「ゴミが。さっさとそこを退かぬか」
離れた場所にいたカイルとエリオスだが、二人の耳にはしっかりと男が発した言葉が聞こえた。
カイルの発する雰囲気にエリオスの肌が粟立つ。
身震いするような気配にカイルに目を向けると、カイルの姿が消えた。一瞬、魔獣の影のようなものが広場に向かって行ったかと思えば、馬車と親子の間にカイルがいた。
「なんだね、君は」
カイルは男の言葉を無視して親子を振り返った。
男の子は内蔵が破裂して一刻を争うほどの重体だ。カイルはと男の子をそっと抱き上げた。
「傷を直せる人は?」
「あ、りょ、領主様の所にいるお医者様なら助けて頂けるかもしれません」
母親は気が動転しつつもカイルの問いに答える。
「なっ、無視をするでない!私を誰だと思っている!」
貴族の男は無視されたことに腹を立て声を荒らげた。
「誰だよ。死にそうな子供を後回しにしてまで聞かないといけないことか」
カイルの声音はどこまでも冷たく、エリオスはカイルが怒っているのだとわかった。
「カイル」
問題を起こす前に止めようたエリオスはカイルの元へ向かい肩を叩いた。
「エリオス、この子を頼む」
カイルは男の子をエリオスに預けると、貴族の馬車に向き直った。
カイルは膝を曲げしゃがみ込み、キャビンの下部を掴むと軽々と頭上に持ち上げた。
周囲の人々、貴族の男や従者は驚きに言葉を失った。カイルは地面を蹴りジャンプして集団の中から飛び出した。
「行け」
カイルの一言に馬は雄叫びを上げて駆けていった。
再びカイルはエリオスたちの元へと戻った。
「エリオス、どどどどうしよう。早く手当しないとこの子が死んじゃうよ」
カイルは先程までと打って代わり慌てふためく。
「とりあえず、領主の館まで行って助けて貰えるように頼むしかないだろ」
カイルから冷酷な雰囲気が霧散されたことにエリオスは無意識に安堵しつつも、現状を冷静に見つめる。すると、人混みの中からエリオスと同じようにローブに身を包んだ一人の人物が歩み寄ってくるのが見えた。
「ここは人が多過ぎます。御三方こちらへ」
女性の声だった。
カイル、エリオス、少年の母親は女性に導かれ、静かな路地裏へと移動した。
「お怪我の手当てが必要ですね。少しの間、お待ちください」
女性は手際よく布を広げ、負傷した少年を寝かせた。
エリオスとカイルが不安げに見守る中、彼女は静かに呪文を唱え始めた。
柔らかな光が彼女の手のひらから放たれ、少年の傷口が徐々に癒えていく。
「これで大丈夫です。安静にさせておけば、完全に回復します」
彼女がそう言うと、少年の母親は涙を浮かべて感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございます。命の恩人です」
カイルもエリオスも安堵の表情を浮かべた。
「あなたは一体…?」
「私は世界を旅しているただの治癒師です」
エリオスが尋ねると、女性はあまり深入りはして欲しく無さそうだった。エリオスはそれ以上の質問を控えることにした。
カイルとエリオスは感謝の意を表し、彼女に別れを告げた。
「さて、今度こそ宿屋を見つけよう」
「いや、飯屋だろ!」
二人は笑いながら再び街を歩き始めた。
ダークヘイブンの喧騒の中、彼らの次の目的地は宿屋であり、そしてもちろん、カイルの求める美味しい食事だった。
