読書感想文(ずいぶん前)

知人から東野圭吾の本を大量に譲り受けたので、彼の本を数点、あとは犯罪被害者遺族の手記を読んだのでその読書感想文を忘れないように

1、淳 土師守著
神戸連続児童殺傷事件の被害者遺族による手記。
被害者遺族は加害者よりも人権が保障されていないのだと、この本を読んで知ることになった。多くの人は“少年法は無い方が良い”などと簡単に考えがちであるが、少年法という“罪を犯した少年を更生させるシステム”自体は良いものである。問題なのは加害者の人権は国全体で守るのに、被害者の人権は微塵たりとも守られないところにある。
 被害者遺族は無論、事件とは無関係の人間よりも加害者の状況をより詳細に把握しているのだと考えていたが、事実はそうではない。被害者遺族も我々と同様に何も知らされず、何も知ることができないのである。
息子を失った最中、マスコミによる連日のインタビュー、事実から歪曲された報道や週刊誌、そんな中で息子の死を受けいれていく。
少年犯罪の被害者遺族の痛苦が生々しく語られ、そこには少年法の意義と、我々が今までどれほど被害者遺族を軽々しく見ていたかと言うことが分かる。加害者に仮借ない糾弾を与えて自分が満足していただけではないだろうか?と自分の心に問うてみてほしい。

2、彩花へー生きる力をありがとう 山下京子著
同上。“淳”は淳くんの父親である土師守氏による手記だが、こちらは山下彩花さんの母親である山下京子氏による手記となる。“淳”とは打って変わって母親目線で描かれていくこちらの手記には目をみはるものがある。
大筋は“淳”と同じように進んでいくのだが、父親と母親ではこれほどまでに考え方や目線が違うのかと思わされる。山下彩花さんの母(以下、京子さん)は千尋のように深い愛情を持ち、加害者であるA少年にさえ慈悲深い愛情をもって接している。彼女は土師守氏と同様に少年法に疑問を抱き、A少年を一度は殺したいほど憎んでいる。しかし、この本からはそのような怒りや悲しみを全く感じないのである。“淳”から漂う言いようのない寂寥感はなく、そこには温かい母親の愛情のみがある様に感ぜられた。
彼女の凄いところは、加害者を糾弾するでもなく、自身がどれほどの痛苦を味わったと悲しみに暮れ帰依するわけでもなく、ただただ自身の持つ愛情でA少年を海容しているところだ。
彼女の育児、教育は全ての母親に倣ってほしい。全ての母親が彼女のようであったなら、A少年の母親が彼女であったなら、そう考えずにはいられない。
この本によっていくつもの救われる命があると思える素晴らしい本だった。

3、手紙 東野圭吾著
山田孝之により映画化された東野圭吾の“手紙”という作品の原作。兄が強盗殺人犯となった弟が、差別と偏見が蔓延る俗世でいかにして生きるのかを描いた作品。
差別や偏見は無くならないーー、皆差別はよくないと口を揃えていうが、綺麗事では語れないものがある。差別は無くならないのだ。
当時中学生であった私は「差別はいけないことなのだ」と大人たちや道徳の授業で嫌というほど聞かされていた。そんな中、この作品を見て「差別はいけない、なのにどうして差別は無くならないのだ」という疑問を晴らしてくれた作品。

4、時生 東野圭吾著
不治の病を患う息子と20年以上前に会っていたという話。
死に際の息子の魂が他人の体を借りて父親に再会する。そこにいた父親の姿は金なし、職なし、その癖「俺はいつかデカいことをやってやるんだ」と嘯いている男だった。その男ーーー父親の生い立ちから実母、実父がどの様な人間であったか、彼の全てが解き明かされていく。一つ感心したのが“不治の病”というテーマのみでここまで話を展開させる作家に驚いた。不治の病の話だったはずなのに、気づいたら不治の病を持つ息子の父親の生い立ちの話になっている。東野圭吾のミステリー要素のない作品の一つ。本作品のキープレイスとして浅草花やしきが出てくるのだが、それがひどく印象に残り、実際に花やしきまで足を運んだほどだ。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集