太平記 現代語訳 27-6 足利直冬、九州へ退避

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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高兄弟の尊氏邸・包囲事件の後、高師直(こうのもろなお)の威勢はますます増大、足利直義(あしかがただよし)派の人々は、面を垂れ、眉をひそめる毎日となった。

京都より遠隔の地においても、事情は同様であった。足利直冬(あしかがただゆふ)は、中国地方長官として、備後(びんご:広島県東部)の鞆(とも:広島県・福山市)に駐留していたが、高師直は、その近隣の地頭や御家人たちに、「足利直冬を討て」との指令を出した。

9月13日、杉原又四郎(すぎはらまたしろう)が、200余騎を率いて直冬の館へ押し寄せてきた。急な事ゆえ防衛の兵力も少なく、直冬の命も、もはやこれまでかと思われたが、磯部左近将督(いそべさこんしょうげん)の若党らが奮戦。メンバーいずれも屈強の手足(てだれ:注1)、放つ矢は百発百中、たちどころに杉原側の16人に負傷を負わせ、13人を馬から落した。

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(訳者注1)秀でた者。
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杉原サイドが少々ひるみ、攻撃をストップした間に、直冬は、河尻幸俊(かわじりなりとし)の用意した船に乗り込み、肥後国(ひごこく:熊本県)目指して逃走。直冬に対する忠節の志を失わない者たちは、小舟に乗ってそれを追走した。

それにしても、この足利直冬という人は、よくよくツイテない人である。将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)の子息として生を受けながらも、なかなか世に出る事ができなかった。中国地方長官として、京都を離れて任地に赴いた後に、ようやく、その運は開けてきたのである。現地の人々は彼に靡き、富貴栄耀(ふうきえいよう)の門を開き、置酒好会(ちゅしゅこうかい:注2)の席を展べ、ようやく楽しい人生が始まったばかりというこの時に、またまた苦難のどん底へ。まったく夢を見る間のような短い時間の中に、彼の運命は急転してしまったのであった。

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(訳者注2)宴会の事。
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 落胆の引き潮の中
 船は進む 九州へ
 帆にいっぱいの 風をはらみながら

 あの雲が 湧き出ている所
 あそこに 九州の地があるのか
 しかし その陸の片鱗すらも 未だに見えてはこない
 眼前には 水蒸気にけむる
 はてしなき海が 広がるのみ

 ああ いったいいつまで
 この万里を漂泊する旅は 続いていくのだろうか
 一辺の木の葉のような船に 身をまかせての
 この う(浮=憂)き旅は
 いったいどこまで いったいどこまで

 波風にさらされて わが衣は
 すでに 袖も朽ちはててしまった
 わが涙を ぬぐう袖すらも
 もはや 残されてはいないのだ

(原文)
 心筑紫(こころつくし)に 落潮(おちじお)の
 鳴門(なると)を差(さし)て 行(ゆく)舟は
 片帆(へんぱん)は雲に 泝(さかのぼ)り
 烟水(えんすい) 眼(まなこ)に范々(ぼうぼう)たり
 万里漂泊(ばんりひょうはく)の愁(うれい) 一葉(いちよう)扁舟(へんしゅう)の浮(うき)思ひ
 浪馴衣(なみなれごろも) 袖(そで)朽(くち)て
 涙忘るる許(ばかり)也

直冬・側近A 殿、そんなに気落ちなさいますなって。九州はね、足利家にとっては昔から、エンギのいい土地なんですよ。

直冬・側近B そうじゃそうじゃ。殿のお父上は、その昔、京都での戦に利あらずということで、いったんは九州へ落ちられましたわいの。だけどすぐに、勢力を盛り返されて、京都に喜びの凱旋をなさったんじゃ。

直冬・側近C 殿の九州滞在も、ほんの少しの間のこと。きっとすぐに、京都へお帰りになることができますけんのぉ。

足利直冬 ・・・。

直冬・側近A (内心)行く末も いかが「不知火(しらぬい:注3)」の 筑紫(つくし)に赴く この旅路・・・。

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(訳者注3)有明海に出現する蜃気楼。
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直冬・側近B (内心)これから先、いったい、どうなっていくんじゃろうなぁ、わしらの運命は・・・。

直冬・側近C (内心)切ないのぉ・・・。

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9月13日夜、仲秋の名月。旅泊(りょはく)の思い、ますますつのり、直冬は一首。

 引き連れる 人々にまでも 見させてる あの空に浮かぶ 憂いの月を

 梓弓(あずさゆみ) 我こそあらめ 引連(ひきつれ)て 人にさへうき 月を見せつる(注4)

直冬・側近一同 ・・・。(涙、涙)

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(訳者注4)「梓弓」は「引」の枕言葉。「我こそあらめ」は「自分がつらいのはしょうがない事なのだが」。引き連れている人々にまで「う(憂)き月を見させている」の意。
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