太平記 現代語訳 8-8 谷堂、炎上す

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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「千種忠顕(ちぐさただあき)、西山(にしやま)の本陣を引き払い、退却」との情報をキャッチするやいなや、

六波羅庁リーダーA よし、いけぇ!

六波羅庁リーダーB 敵の根拠地を、徹底的に掃討するんだ!

翌日4月9日、京都中の六波羅庁側勢力が、谷堂(たにどう)、峯堂(みねどう)をはじめ、浄住寺(じょうじゅうじ)、松尾(まつお)、萬石大路(まんごくおうじ)、葉室(はむろ)、衣笠(きぬがさ)一帯に押し寄せた。

彼らは、仏閣神殿を破壊し、僧坊民家を占領、財宝ことごとくを横領の後、付近の家々に放火。

おりからの激しい魔風にあおられた火の手は、浄住寺、最福寺(さいふくじ)、葉室、衣笠、二尊院(にそんいん:右京区)へと延焼。堂宇300余箇所、民家5,000軒余りが、あっという間に灰燼となり、仏像、神体、経論(きょうろん)、経文(きょうもん)はたちまちのうちに、寂滅(じゃくめつ)の煙と化して立ち上る。

この火災によって焼失してしまった「谷堂(たにどう)」という寺院は、八幡太郎・源義家(はちまんたろう・みなもとのよしいえ)公の嫡男・源義親(みなもとのよしちか)のそのまた嫡孫である、延朗(えんろう)上人が造立した霊地である。

延朗上人は未だ幼い頃に、「先祖代々伝統の武士の家(清和源氏)」を離れて、出家した。俗世間を離れて仏門に入った後は、戒定慧(かいじょうえ:注1)の三学を兼備して、六根清浄(ろっこんしょうじょう:注2)の功徳を獲得した。

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(訳者注1)戒律を守り(戒)、禅定(ぜんじょう)に励み(定)、智慧を会得する(慧)。

(訳者注2)「六根」とは、口、耳、鼻、舌、身、意識。それらが清浄(けがれがない)なのである。
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上人が法華経を読む窓の前には、松尾大社(まつおたいしゃ)の神々が列を作って座して耳を傾け、真言秘密(しんごんひみつ)の法を修する扉の中では、あげまき髪の仏法守護の童子が手を合わせて、そのお手伝いをする。

このような有智高行の上人が草創された場所であるがゆえに、500余年の星霜を経てもなお、人倫(じんりん)の廃(すた)れたる末世の現代に至るまでも、智慧の水は清く流れ、仏法の燈火は明るく燃える。三間四方の経典蔵(きょうてんぐら)には、衆生救済(しゅじょうきゅうさい)のために釈尊が転じられた法輪(ほうりん)とも言うべき、経典7,000余巻が収納されていた。

奇樹怪石を並べた池の辺に、「兜率天(とそつてん)内の院」を模して、49院の楼閣が並んでいた。12の欄干は珠玉を天に向かって持ち上げ、五重の塔は金銀のように、月光に輝く。あたかも極楽浄土の七宝荘厳(しちほうそうごん)の有様もかくありなん、と思えるほど。

また、「浄住寺」という寺は(これも焼失してしまったのだが)、戒律・法則(ほっそく:注3)の流布(るふ)の地、律宗(りっしゅう)の一大根拠地であった。

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(訳者注3)仏教界内部の規則。
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この寺には、以下のようないわれがある。

かの大聖釈尊(しゃくそん)がご入滅された時のこと。金の棺桶がいまだ閉じない前に、捷疾鬼(しょうしつき)という鬼神が、こっそりと紗羅双樹(しゃらそうじゅ:注4)の下に近づき、釈尊の犬歯を一本ひっかいて掠め取った。

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(訳者注4)釈尊(お釈迦さま)は、クシナーラー付近のニレンゼンガ河岸、二本のサーラ樹(紗羅双樹)の林中にて、その御生涯を終えられ、般涅槃(はつねはん)に入り給うた。
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驚いた弟子たちは、捷疾鬼を捕えようとしたが、彼は一瞬の間に4万由旬(ユジュン)(注5)を跳躍、須弥山(しゅみせん)の中腹、四天王界(してんのうかい)まで逃亡。

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(訳者注5)ユジュン(yojana)とは、古代インドの距離の単位であるが、実際の長さはとなると諸説あって、定かではないようだ。一説によれば「日本の里でいえば、2.5里」とある(仏教辞典:大文館書店)。となると、1ユジュン = 約8キロメートル?
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これを、韋駄天(いだてん:注6)が追跡し、みごと、犬歯を奪還、後に、中国の道宣律師(どうせんりっし)にこれを与えた。以来、この犬歯は、師から弟子に伝えられながら、やがて我が国に伝来し、嵯峨天皇(さがてんのう)の御代に、この寺に安置されるに至ったのである

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(訳者注6)「仏法守護神の一。四天王中の増長天(ぞうちょうてん)に仕える8将のうちの一神で、32天中の首位を占める。」(仏教辞典:大文館書店)
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偉大なるかな、大聖世尊(たいせいせそん:注7)、入滅後2300余年の後も、み仏の身体の一部なおもこの世に留まり、広き天下にあまねく、その救いが流布されているとは・・・。

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(訳者注7)釈尊の尊称である。「世尊(Bhagavat)とは仏の十号の一。あらゆる功徳を円満に具備してよく世間を利益(りやく)し、世に尊重されるから「世尊」といい、また、世において独り尊いから「世尊」という。(仏教辞典:大文館書店)
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世間の声K こないに尊い、異瑞奇特(いずいきどく)の大伽藍(だいがらん)を、滅してしまうとはなぁ・・・。

世間の声L もんまやでぇ。浄住寺はんの側には、何の咎(とが)もないのになぁ。

世間の声M これもやっぱしなぁ、そのうち、鎌倉幕府の命運が尽きてしまう前兆なんやろぉて。

はたせるかな、それよりいくほどもなく、六波羅庁の人々は番場(ばんば:滋賀県・米原市)にて滅び、北条一族はことごとく鎌倉にて滅亡してしまったことこそ、まことに不思議である。

世間の声N やっぱしなぁ!

世間の声O 「罪業積み重なる家には、必ず良ぉない事が起こる」とな、昔から、よぉ言われきたもんですが、まさにこの事ですわなぁ。

世間の声一同 同感、同感。

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