太平記 現代語訳 22-3 佐々木信胤の寝返りにより、瀬戸内の制海権、吉野朝の手中に
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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このような所に、伊予国(いよこく:愛媛県)より特使が吉野朝廷へやってきていわく、
伊予よりの特使 急ぎ、大将としてふさわしいような人を一人選んで、伊予へ派遣してくださりませ。わしら、その人の下について、朝廷の為に忠義の戦しますけん。
検討の結果、脇屋義助(わきやよしすけ)を伊予へ、ということになった。
しかし、吉野から伊予への道中は、海上も陸上もすべて足利側によって制圧されている。いったいどうやって義助を伊予へ送りこんだものやらと、様々に検討を重ねている所へ、今度は、備前国(びぜんこく:岡山県東部)の住人・佐々木信胤(ささきのぶたね)からの早馬がやってきた。
佐々木信胤よりの使者 先月23日、主・佐々木信胤は小豆島(しょうどしま)に押し渡り、忠義の戦に決起しましたところ、さっそく備前国中の忠誠心の厚いモンらが馳せ集まってきよりましてなぁ、そいでもって、足利側の連中らを攻めて、少々痛い目を見せてやりましたわ。でもって、瀬戸内海の制海権を手中に収めましてな、京都への海上輸送ルートを完全にストップしてまいましたんですわ。こないなわけで、こっち方面では非常に順調に事が運んどりますけぇのぉ、急ぎ、大将クラスの人を、わしらのとこへ送り込んで、強力にテコ入れしてもらえませんかいのぉ。
公卿A うぉー! やったぁ!
公卿B いったいどないしたら脇屋義助を伊予へ送れるんか、こないだからそれがほんま、悩みの種やったんですがねぇ。
公卿C イッキに、その道が開けましたなぁ。
公卿D 天運はついに、我らの方にめぐり来たり、という事ですかいなぁ。
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そもそも、この佐々木信胤という人は、もとはといえば、足利サイドの強力メンバーであった。
去る建武(けんむ)年間の後醍醐天皇(ごだいごてんのう)対足利勢力の権力闘争の初期に、信胤は、細川定禅(ほそかわじょうぜん)に協力して、備前、備中(びっちゅう:岡山県西部)両国を制圧し、足利尊氏(あしかがたかうじ)に対する輝かしい忠功を打ち立てたのであった。
そんな彼が、いったいまたどういうわけで、今にわかに、吉野朝側に寝返りして反足利の兵を起こしたのか? その原因を探ってみれば、ここにおいてもまたもや例の、「美女起因性国家危機症候群」に行き着くのである。(注1)
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(訳者注1)原文では、「事の根源を尋ぬれば、此比(このころ)天下に禍をなす例の傾城故とぞ申しける。」
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当時、菊亭(きくてい)家に、「御妻(おさい:注2)」という名前の女房がいた。
容貌もスタイルもバツグン、家柄もなかなかよくてまことに艶やか、という女性であった。
しかしながら、この人は元来移り気な性格で、とかく浮気っぽい心の持ち主であったようである。当然の事ながら、彼女に言い寄ってくる男の数は非常に多かったのだが・・・。
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(訳者注2)これより後の部分の文脈から察するに、「誰かの妻」という意味ではなく、「御妻」という名前の女性だったのだろう。ただし、この話が史実かどうかは例によって不明。ゆえに、この女性の実在についても真偽のほどは不明。
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御妻 (内心)あーあ・・・うちに接近してくる男は、そらまぁ、星の数ほどおるんやぁ。そやけどねぇ、そのぉ・・・なんちゅうたらえぇんかなぁ・・・どの男を見ても、イマイチ真剣に入れこめへんのよねぇ。「うちの全てをささげるのは、この男(ひと)!」ちゅうような、なんか確信みたいなもんがねぇ、なかなか持てへんのよ。うち、どないしたらえぇんかしら・・・。
とは言うものの、男性がたやすく入り込む事のできない御殿の深奥で生活する彼女のもとへ、美しい簾の隙間から、いかようにして入り込んだのであろうか、ついに彼女は、ある男と結ばれた。その男こそは、今の世に権勢肩を並べる人も無い、あの高(こう)一族の一員、高師秋(こうのもろあき)であった。
人知れず始まった二人の仲、最初のうちは、人目を忍んで会っていた。しかし、募る男女の思いは、何物をもってしても到底塞き止める事はできない。次第に、人目も憚らずに逢瀬を重ねるようになっていき、彼女も、菊亭よりも実家で過ごす時間の方がどんどん多くなっていく。
ついに、主の菊亭左大臣(きくていさだいじん)も、彼女と高師秋との仲に気付き、
菊亭左大臣 そうやなぁ・・・二人に注がれる世間の目という事もあるしなぁ・・・御妻としても、毎日夜が更けるのを待って、それからようやっと、わしの邸宅から退出するっちゅうのんも、なかなかつらいもんがあるやろぉ。えぇんやでぇ、時々は、もっと早い時間に退出してもなぁ。
このように、主からの理解と許可を得てからは、二人の仲はいよいよ深まって行った。
ところが、ここに問題が起った。それは、高師秋が鎌倉にいた頃に結婚した妻である。
師秋とこの妻との間には、子供もたくさん生まれていた。関東地方で生まれ育った彼女にしてみれば、夫が自分以外の女性と情を通じているというのは、到底許し難い。嫉妬にかられて激情の余り、あの源氏物語の「雨夜の品定め・頭中将の話」の中にある、「夫の指に食いついて」というほどのレベルの事が、しばしば起こった。
「じつにけしからん夫である」と思いながらも、子供たちの事を考えれば、離婚に踏み切る事もできない、仕方なくそのままの状態が続いていたのだが、ここに転機がやってきた。
高師秋 ふーん・・・「高師秋、伊勢国の守護に任ず」ときたかぁ・・・。いよいよ、首都を離れての転勤だなぁ・・・。
高師秋 こうなったら、二人の妻を両方とも、任地に連れて行くとしよう。(注3)
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(訳者注3)当時の辞書にはどうやら、「単身赴任」という言葉は存在しなかったようである。子供の受験や教育といったような問題も無かった時代なのだから、当然といえば当然かも。
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というわけで、師秋はまず、鎌倉居住時代に結ばれた妻を任地に送った。そして、御妻をも同様に任地へ送り、と思うのだが、かんじんの御妻の方が、なかなかその気になってくれない。
御妻 うーん・・・そうかてぇ・・・今日急に言われて、明日、伊勢へ行くやなんて・・・そないな事できますかいなぁ・・・いろいろと心の準備とかも、せんならんしぃ・・・。
このように言われると、ますます彼女への思いが募る師秋であった。
高師秋 おまえがいない人生なんて、おれにはもう、考えられない。おまえが側にいてくれないと、おれはもう生きていけない。とにかく、おれといっしょに伊勢へ行くんだ!
御妻 うーん・・・。
その後3日間、押し問答を繰り返したあげくに、ようやく、
御妻 あーあ・・・わかりました・・・伊勢でもどこへでも、行きますわいな。
高師秋 よーしよし!
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その夜半、師秋は、チャーターした輿と共に、御妻の住いに向かった。
到着するやいなや、彼女の居室の出口から輿までの間に、几帳(きちょう)を左右に立てて目隠し通路を作ってやった。
やがて、彼女は輿に乗り込んだ。
高師秋 (内心)うー、うー! これから彼女と二人、伊勢への旅が始まるぅー! あぁ、いいな、いいな、アツーイアツーイカップルのロマンチックトラベル伊勢ーっ! あぁ、伊勢へついたら二人でいっしょに、どこへ行こうかなぁ・・・まずはやっぱし、伊勢神宮に参拝だろうな、そしてその夜は、双見(ふたみ)が浦に一泊・・・ウギュー! 翌朝は、鳥羽(とば)へ向かう。あそこの海の眺めもなかなかいいらしいぞ。いやいや、それよりも賢島(かしこじま)へ直行、海に沈む夕日を、二人で肩を組みつつ、丘の上から眺めるかぁ・・・。ウギュー、もう、たまらん!
心は躍動の上に躍動、道中一回も休憩を取らずに、彼らは伊勢への旅路をたどっていく・・・。
まだ夜を籠(こめ)て 逢坂(おおさか:滋賀県・大津市)の
関の岩かど 踏(ふみ)鳴(なら)し(注4)
ゆう(木綿)付鳥(つけどり:注5)に 被送(おくられ)て
水の上なる 粟津野(あわづの:大津市)の(注6)
露分行けば にほの海(注7)
流(ながれ)の末の 河となる
勢多(せた)の橋を 打(うち)渡れば(注8)
衣手(ころもで)の 田上(たながみ)河の 朝風に(注9)
比良(ひら)の峯わたし 吹(ふき)来(きたっ)て
輿(こし)の簾(すだれ)を 吹(ふき)揚(あげ)たり
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(訳者注4)「百人一首」にもある清少納言の歌に、
夜(よ)をこめて 鳥のそら音(ね)は はかるとも 世(よ)に逢坂(おうさか)の 関(せき)は許さじ
(現代語訳)夜通(よどお)しで 鶏(とり)の鳴きマネ してみても ウチの逢坂の 関は開(あ)かんで
史記・孟嘗君(もうしょうくん)列伝中に、以下のような話がある。
秦国を脱出せんとする孟嘗君一行の前に立ち塞がるは、函谷関(かんこくかん)。鶏が鳴いてからでないと、関所の門は開かない。背後からは追手が迫る。その時、孟嘗君の食客中に、鶏の鳴きまねの名人あり。その鳴きまねにつられて、関所中の鶏が一斉に鳴き出し、定刻よりも早く門は開き、孟嘗君らは関所を通過。
この故事をベースにして、清少納言は、「アナタは、うまい事を言うて、うちに言い寄ろうっちゅうコンタンなんやろうけどね、ダマシの手を使ぉて関所の門をこじ開けようっちゅうような、そういうヤラシイ事は、やめといた方がえぇわよ! 函谷関ならいざしらず、うちの心中の「逢坂の関所」の門は、そないな事では、絶対に開かへんのやからねぇ。」との意を込めて、この歌を詠んだのであろう。
(訳者注5)木綿(ゆう)を鶏につけて、逢坂の関で祓いをした。
(訳者注6)「粟津」という地名の「粟(あわ)」と、「泡(あわ)(水上の)」とをかけてある。
(訳者注7)古来より琵琶湖は、「にほの海」とも呼ばれた。
(訳者注8)琵琶湖の南岸から流れ出る水は「瀬田川」となり、下流に下るにつれて、「宇治川」、「淀川」と名前を変え、最後は大阪湾に注ぐ。その瀬田川にかかる橋が「瀬田橋」、別名「瀬田の唐橋(からはし)」である。東海道新幹線は、京都・米原間においてこの瀬田川をまたいでいるので、その車窓からこの川を望む事が可能である(ただし、列車は一瞬の中に、川を越えてしまう。)
(訳者注9)「田上」という地名の「田(た)」と、「衣手」の「手(た)」とをかけてある。衣手とは袖の事。
百人一首にもある光孝天皇の歌(古今和歌集 巻第一 春歌上)に
仁和(にんな)のみかど(光孝天皇)、みこ(皇子)におましましける時に、人にわかな(若菜)たまひ(賜い)ける御うた
きみがため 春の野にいでて わかなつむ 我(わが)衣手(ころもで)に 雪はふ(降)りつつ
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舞い上がった簾の奥を一目見た師秋は、ビックリ仰天。
高師秋 アーッ!
なんと、輿の中には、いとしの御妻とは似ても似つかない女性が! 年の程80歳ほどの老尼がちょこんと座り、衣服の裾を輿の外に出している。額にはしわが寄り、口には歯が一本もなく、腰は二重に曲がっている。
高師秋 うー! おまえはいったい何者だぁ! うん、これはきっと、どこぞの古ダヌキか、古ギツネが化けてやがんだな。おぉい、誰か、こいつの鼻の前に、煙を吹きかけていぶしてみろ、きっと正体を現すぞ! いやいや、それよりも、ヒキメ鏃でこいつを射て、魔除けをする方がいいかもな!
尼 (泣きながら)いえいえ、あのな、あのな、うちは決してな、決して、バケモノなんかではありません。あの、あの、うちはなぁ、そのぉ、あの、以前から菊亭家へな、通うておった者でございますよ。あのな、あのな、昨日、御妻の局さまがな、うちをお招きにならはりましてな、ならはりましてな・・・。
高師秋 (尼を睨みつけながら)・・・。
尼 「あんた、京都でわびしぃ暮してても、しょうがないやおへんか。どうや、うちといっしょに、伊勢へ行きまへんか? 伊勢で、のんびり暮らしなはれ。」てなこと、言わはるもんやからな、そいで、あの、あの、うちも、その気になりましてな・・・。
高師秋 (尼を睨みつけながら)・・・。
尼 うちも最近ほんま、めっきり気ぃ弱ぁなってしもてましてな、「誰か誘ぉてくれはる人がいはったら、その人についていってもえぇわなぁ」てな事な、思ぉとりましたんでな、な、「こら、嬉しい事言うてくれはりますやん」てな事でな、な、ほいで、なぁも考えんとからにな、この輿に、ホイホイ乗ったんどすぅ。
高師秋 ウーン・・・御妻めに、まんまと出し抜かれてしまったか! えぇい! こうなったら、菊亭家に押し入って、あいつをかっさらってきてやる。おれ一人では絶対に、伊勢には行かぁん!
師秋は、瀬田橋のたもとに尼をうち捨て、空輿をかかせて、京都へ戻った。
元より、思慮も何も無い高師秋である、菊亭家に押し寄せ、四方の門を塞いで、邸内くまなく御妻を探しにかかった。
菊亭家の人々は、上から下まで皆、「いったいこれは、なにごとが起ったんや!」とあわて騒ぐ。しかし、御妻の姿はどこにも無い。
彼女の居室近くの局にいた童女を捕え、責め問いただしたところ、
童女 (恐怖に怯えながら)あのな、あのな・・・あの人のとこへはな、よぉけ男が通うてきてたからな・・・あの、あの・・・いったいどこに行かはったんか、うちにはな、な、分からしまへん・・・最近はとりわけ、とりわけね、佐々木信胤とかいう人とねんごろになってはったようや・・・人目もはばからんとからにね・・・えぇ、えぇ!
師秋は、怒り心頭、
高師秋 よーし! ならば、佐々木の家へ押しかけてやる! あいつめぇ、オレの妻に手を出しやがって! 血祭りにしてくれるわ!
これを聞いた佐々木信胤は、
佐々木信胤 (内心)いかん・・・こりゃ、取り返しのつかない失敗をしでかしちまったぞ・・・。オレの命は風前の灯火、身を隠す場所なんか、もうどこにもありゃしない。こうなったらもう、足利サイドへの長年の粉骨砕身(ふんこつさいしん)の忠功も何もかも捨て、吉野を頼っていくしかない。
このようなわけで、佐々木信胤は、吉野朝側へ寝返りを打ったのである。
折り取ったとて 油断するなよ 山桜 さそう嵐に 散るかもしれんで
(原文)折(おり)得ても 心許すな 山櫻 さそふ嵐に 散(ちり)もこそすれ
人心まさに、花のごとくはかなしと、今さらのごとく思い知られる、なんともあさましい事件であった。
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