太平記 現代語訳 40-3 南禅寺と園城寺の確執
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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同年6月18日、園城寺(おんじょうじ:滋賀県・大津市、別名:三井寺)の衆徒が蜂起し、朝廷と幕府に対して訴えを起こした。その事の発端は、そもそも何であったかというと:
当時、南禅寺(なんぜんじ:京都市・左京区)造営の費用を捻出(ねんしゅつ)するために、新たに関所が設けられていたのだが、なんと、その関所において、園城寺へ帰る途中の児(ちご)を、関所勤務の禅僧が殺害してしまったのである。
園城寺・衆徒一同 これまさに、前代未聞の悪事!
園城寺の衆徒たちは、憤怒の炎を燃やし、このうらみ晴らさんと、大挙してその関所に押し寄せ、当番の僧から下部(しもべ)や力仕事役に至るまでの全員を、打ち殺した。
それでもなおも、彼らは憤り止まず、
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