太平記 現代語訳 27-2 四条河原・桟敷倒壊事件

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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世間の声A それにしても、今年はほんまに、キッカイ(奇怪)な事ばっかし起こりますわなぁ。

世間の声B キッカイちゅうたら、これもまたまた、キッカイな話やと、思えてしゃぁないんやが・・・あんなぁ、最近京都中、猫も杓子(しゃくし)も、田楽(でんがく)、田楽言うて、えらい騒ぎやがな。いくらなんでも、ちと度が過ぎてるんちゃうかい?

世間の声C そうですなぁ、ほんま、田楽はチョウ人気ですわ。将軍はんも、メッチャ田楽にイレこんだはるみたいですやん。

世間の声D あのお人が、田楽にイレこんだはるとなったら、そらぁもう国中、右へならえですからなぁ。

世間の声E もうみんな、なぁ(何)も手ぇつかへん。朝から晩まで田楽、田楽、せっせせっせと、金の浪費や。

世間の声F あのっさぁー、みんなっさぁー、憶えてるっかっなぁー? 鎌倉幕府滅亡の時の、最高権力者だった人んこと。

世間の声A あんたのお言いやしとん、北条高時(ほうじょうたかとき)はんのことですかいなぁ?

世間の声F そうだっよぉー、高時だよぉ。あの男も、えらい田楽にイレ込んでたわよねぇ。で、そのあげく、あのザマっさねぇ。北条家も、あの男でとうとう断絶しちゃったんだよねぇー。

世間の声B なるほどなぁ、そう言われてみると・・・。

世間の声F 将軍さんもっさぁ、いいかげんにしとかないとっさぁ、この先、足利家、あんましイイ事ないんじゃぁ、なぁい?

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京都朝年号・貞和(じょうわ)5年(1349)6月11日、一人の修行の旅僧が、一大公共事業を思い立った。京都の鴨川(かもがわ)に、四条(しじょう)大橋を架けようというのである。(注1)

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(訳者注1)四条通りと鴨川とが交差する場所への架橋。現在の四条大橋がかかっている、まさにその場所。
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彼は、その資金集めの為に、「四条河原・紅白田楽合戦」の興行を企画した。(注2)

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(訳者注2)興業を行って得られた利潤を、架橋建設費用に充てようというのである。現代においても、このようなイベントが開催されることもあるかも。
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さっそく、鴨川の四条河原に、舞台の設営が始まった。

京都の住人G えーっ! 「紅白田楽合戦」やてぇ!

京都の住人H いったいなんですのん、それ?

京都の住人I なんでもな、新座と本座の田楽ダンサーを合わせた後にやな、彼らを「ベテラン組」と「若手組」の紅白に分けてやな、そいでもって、互いに芸を競わせる、とかいう事らしいで。

京都の住人J うわぁ! という事はですよぉ、今をときめくダンサーたちが一同にっちゅう事ですやん。すごいわぁ!

京都の住人K あぁ、こらぁ、見逃せまへんなぁ。

京都の住人L うち、ぜったい、見にいくしぃ!

京都の住人M うちも!

田楽合戦興行の予告を聞いて、京都中の男女は上下を問わず、興奮の極に達した。

まず、要人たちが、当日の催しを是非とも見物しようと、四条河原に観覧用桟敷の建設を始めた。

朝廷においては、摂政・二条良基(にじょうよしもと)をはじめ、諸大臣たち、

宗教界からは、天台座主(てんだいざす)・梶井門跡(かじいもんぜき)・尊胤法親王(そんいんほっしんのう)、

幕府からは、征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)・足利尊氏(あしかがたかうじ)。

こういった人々の桟敷の建設が始まるや否や、その下位の人々は言うに及ばず、公家に仕える侍、神社仏閣の神官や僧侶までもが、我も我もと。5寸、6寸、8寸、9寸と様々の太さの阿武産(注3)等の材木を使い、穴をくりぬいて組み合わせ、3重4重に、おびただしい数の桟敷を建設。その周囲は83間、まさに一大壮観である。(注4)

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(訳者注3)長門国・阿武郡(山口県・萩市)で産出された材木。

(訳者注4)[太平記 鎮魂と救済の史書 松尾剛次 著 中公新書 1608 中央公論新社] の 140ページ に、以下のようにある。

 「・・・新座(奈良田楽)と本座(京都白川田楽)の田楽師が招かれ、芸比べを行った。四条河原には見物者用に桟敷が造られた。・・・」
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そしてついに、待ちに待った「四条河原・紅白田楽合戦」の日となった。

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