別所梅之助『石を積む』
どうも、ルリです。別所梅之助(1931年)『石を積む』を読んだ。別所梅之助は1872-1945年を生きた牧師・国文学者で、讃美歌の選定や聖書の翻訳に携わった人物である※1。本作は別所が主に山や村の境で人々が石を積むという行動に、宗教性の潜在を見出した作品である。
まず別所は徳富蘇峰『鎮西遊記』において、道端の大きな石の上に小石が積まれている理由を「旅人が歩くのに不便しないように」と、蘇峰の曽祖父が説明したことに対して、実際は宗教的な感情から来るものなのではないかと自身の所感を綴っている。これに関連して、地蔵の足元に石が積まれたり、ただの丸石などでも拝まれたりすることについては、石に霊が宿っていることを感じていたのだろうと考察している※2。
他にも石巻山の参詣者が小石を山上に運ぶ習わしについて「山や丘は、その低くなるのを忌む」ということや、昔の村境では坂に土石を置いてそれを一の関とし、見知らぬ人や邪神の侵入を防いでいるといった考察が続き、朝鮮の城隍道(村の入口や峠の聖域)との関連性などが述べられていく※3。
読んでいった中で特に印象的であったのは、石を積むことやそれに関連した宗教的慣習の考察を通して、最後に別所が綴った下記である。
「私どもの思つてゐるより世界は広い。石をささげる宗教が深いか、どうかは別として(創世記二八の一八、九)、さうした宗教性は遍く私どもの中に存してをる。ただそれと私どもは覚らない。……しかしお祝ひか、お葬ひかの時の外には、宗教をわきに退けておく人でも、時には、はつとする事があらう。さる刹那の念を生かすか、殺すかで、その人の踏みゆく道の色が更つてくる。
どうせ人は己の好む所に偏するであらう。然し宗教性も人の心の中を流るる潜流である。それを塞ぎきれるものでもない。湧き出づる泉を、私どもは相当に認めたい。道を求むる人は、日常の生活に真を観んとする。」※4
「宗教性は遍く私どもの中に存してをる」「宗教性も人の心の中を流るる潜流である」という箇所には、特定の宗教を信仰していない身には料峭を受けたような、柔らかな目醒めの感覚を憶えた。厳密に言えば、信じているという点で私は八百万の神信仰であるのかもしれない。しかしながら、それに関する儀礼を日頃行っているわけでもないため、「宗教性が自分の中にもある」ということには却却気づかないものである。
だが、身近なところに目をやると、この「人間普遍の宗教性の潜在」は意外と容易く見出だせると思われる。例えば手入れのされている寺社や神仏の像、道祖神の祠を見ると、たとえ神道や仏教の信仰者でなくとも俗とは異なる雰囲気を感じ取れたり、同時に「神聖なものだから大切にしなければいけない」という気持ちも喚起されたりする。それゆえに寺社や祠は大切にされ、日本中に多く残っているのかもしれない。
しかしながら、それが廃神社や廃寺、荒廃した祠になると侵し難い神聖性が歪曲して、禍々しさや不気味さが色濃い「忌み地」と化す。こうなると、そうした雰囲気を忌避して距離を置く人が増える一方、心霊スポットとみなされてかつての聖域を蹂躙する人々も少なからず現れる。ここからは、神聖性の歪曲に伴う神仏を尊ぶ気持の消失と、忌み地と化したことで生ずる汚涜があると考えられる。これは手入れのされている寺社を見た時とは異なる働き方であるものの、「ここ(これ)はかつての神聖性が変質している」と判断する潜在的宗教性が作用した結果であるのかもしれない。
最後に、石から脱線したことを綴ってしまったために、申し訳程度に石に関して思い出したことを書いていきたい。名前は失念してしまったのだが、ある怪談師の方が「河原の石を拾ってきたら怪異が起こった。石を戻したら収まった。川の石は拾ってはいけない」という怪談や、「神社で玉砂利が敷いてあるのは、砂利は“邪離”に通じ、歩いた時に“ジャリジャリ(邪離邪離)”と音が鳴ることで邪気を落とすため」という解説をしているのをYouTubeで聞いた。これらは別所の考察同様、石やそれにまつわる行為に宗教性の潜在を見出だせるものかと思われる。
玉砂利の話は言葉遊びやこじつけではないかという声も上がりそうだが、昔から「猿=去る」に通ずると考えるなど、そうした言葉遊びを好む気質や文化は歴史的に見受けられることから、言葉を介した潜在的宗教性の発露と捉えられるのではないかと思った次第である。
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《参考文献》
※1 ウィキメディア財団「別所梅之助」、ウィキペディア〈https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A5%E6%89%80%E6%A2%85%E4%B9%8B%E5%8A%A9〉、2026/07/12/20:35アクセス。
※2 別所梅之助(1931年)『石を積む』、青空文庫、1-2頁。
※3 同上、3-5頁。
※4 同上、6頁。
