忘れるということ
義母のもの忘れが最近酷くなってきたと感じる。少し前に行ったところも、つい数日前に話したことも、昨日見たドラマも完全に記憶から消えていることが多い。
私が話したことも「誰かから聞いたのだけどね」と教えてくれるし、夫に言われたことも「誰だったかがいっていたよ」という具合に記憶がごっちゃになっていることも多々ある。
最近はデイサービスで不満に感じることが多いようで、何かあった時は同じ話を5回は繰り返している。
こちらに来てすぐの頃、たまにはシシャモが食べたいと言われたことがあった。あの後、しばらく食べていなかったので食べたいか聞いたら
「シシャモって、何?」
真顔で聞かれて驚いた。
昨夜試しにシシャモを出してみたら
「これは何?」
シシャモと認識出来なかったのか、頭と尾を残していた。他にも、ヨーグルトやキウイなど、名前を言ってもピンとこないものが増えてきた。
これは認知症によるものなのか、年齢的な物忘れなのか。義母とは長い付き合いなので、こちらに遊びに来るたびに一緒に旅行をしてきたことを、ほとんど忘れているのが寂しい。どこに行ったかは覚えていても、それが私達家族と行ったことを忘れているのだ。せめて孫の小さい頃のことは覚えていて欲しいが、自分の息子の子供時代のことでさえ忘れているので仕方がないのだろうか。
まだ義父が健在だった頃、義母が急に一人で遊びに来たことがあった。四、五日我が家に泊まっていったが、夫が会社、息子と娘が小学校に行っている間に、私が銀座や日本橋、浅草など案内したことがあった。
「お父さんと、何度離婚しようと思ったかわからない」
電車の中でふいに言われてビックリした。その時は理由を教えてくれなかったが、義父と喧嘩でもして出て来たのだとピンときた。
ずっと気になっていた【離婚したかった理由】を、先日公園を一緒に散歩している時に訊ねてみた。
「えっ、わたしがそんなことをいったの? 全然覚えてない」
しばらく何か考えて
「そういえば、何でかは分からないけどお父さんに怒られる、と思って押入れに一晩隠れていたことがあったよ」
えっ、何々? その理由もすごく気になるのだけど……。
もちろん、義母は隠れたこと以外は全く覚えていないと言う。
義母が結婚してすぐのことだとしても三十歳は過ぎていた筈だ。そんな大人が怒られるのが恐くて押入れに隠れるなんてことがあるのだろうか。
義父は優しい人で、奥さんや子どもに手を上げるような感じの人ではなかった。夫も、父親から怒られた記憶がないと言う。
多分、押し入れに隠れたのは自分の子供時代の記憶なのだろう。
義母は義父のことを「お父さん」と呼んでいたので、きっと自分の父親の記憶とごっちゃになっているのだ。
忘れるということは、もしかしたら、後悔していることや辛い記憶を思い出さないように捨てている行為なのではないかと、義母を見ていて思うようになった。
義母の場合は、であるが、都合の悪いことほど忘れている。
私の母親は、若年性認知症になった知人のことがあるからか、認知症になることを殊の外恐れていたが最後まで頭は冴えていたし、親の威厳を保ったまま亡くなったことは凄いことなのだとあらためて思う。その分、病気との戦いや、父との別れなど、数え切れないほどの苦しみや悲しみを背負ったまま旅立っていったのだろう。今は向こうの世界で痛みから解放され喜んでいるのだと思う。私の日常を上の世界から覗き見て「だから姑とは暮らすな、と言ったろう」と呆れているに違いない。
「姑とうまく付き合うなんて絶対無理なことだから、間違っても同居はするな」
結婚した頃に母に言われたことがある。ヤキモチから出た言葉だと高を括っていたが、それは真実だったと痛感する。
私の母は激しい性格でやりにくい人だったがその分愛情も深く、自分のことは後回しで周りに良くしてくれる人だった。病気を全部自分が引き受けて、私達を護ってくれていたような人生だったようにも感じる。
義母と暮らすようになって自分にとっての一番の収穫は、あんなに嫌だった母親のことを見直し、どんどん好きになってきたことかもしれない。こうして思い出すだけでも涙が出てくる。
自分の母や父、若くして亡くなった祖母に出来なかった分、義母には優しくしたいとは思うが、認知症だから仕方ないとは思っても言動にガッカリすることばかりで、正直、苦しい。
もともと空気が読めず無神経な発言をする人だったが、どうしてこんなことが言えるのだろうと悲しくなることがあった。
わざと言っているのだろうか。忘れたフリをして、わからないフリしてこちらの反応を見て笑っているのではないか。
実際、笑うところではないところで大笑いしている姿に、ゾッとしたことが何度かある。
こちらが言っている内容が理解出来なくなっているのだとしたら、認知症は悲しい病気だとつくづく思う。
朝ご飯に、野菜とフルーツの他に、卵か納豆か魚など、タンパク質を2品付けるようにしている。味噌汁は血圧が高めなのでお医者さんから禁止されて今は朝はやめている。卵はだいたい毎朝日替わりで卵焼きやオムレツ、煮玉子など変えているが先日ウッカリ目玉焼きを続けて作ってしまったことがあった。
元々我が家の朝食はずっと目玉焼きにトーストだったのだ。固いものが食べられない義母のために、かなり柔らかく炊いたご飯の生活が続き、パン好きの夫は嘆いている。
どうせ忘れているだろうからいいか、と出したら
「目玉焼きは昨日も食べたよ」
不満げな顔に、思わず笑ってしまった。
こういう事だけはしっかり覚えている。
♡ ♡ ♡
見出し画像の猫は、私が小学生の時、忘れ物を学校にバイクで届けてくれた母です。以来、忘れ物をしなくなりました(^▽^;)
最後までお読みいただきありがとうございました<(_ _)>
