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AI臭さは文章表現ではなく構造の問題

AIが出力した文章の校正について。AIっぽさを消すテクニックとして、絵文字やダッシュ(―)カギ括弧の多用を修整するなど、文章の表面の話がよくなされます。
しかし、AI臭さはそういう表面的なものではありません。

一般論、角の立たないヌルい主張、均一な密度、綺麗な論理。これらがAI文章の特徴です。

一般論しかしない

AIは一般論で話します。一般論というのは、同じ文書を別の人、別の部署が出してもそのまま使えるような文章です。

「今後の社会ではAI活用により効率化が達成される」
こういうのはとてもAI臭いです。何も具体的なことを言っていません。

人間は、自分ごとにします。

「◯◯部では〜」「筆者の田中は〜」
自分やその現場固有の名称が入る。逆にAIは「関係者」とか「業界各社」とかの単語を多用します。

「ChatGPTとClaudeを契約してみたが〜」
具体名だけではなく、人は具体的エピソードや事象について書きます。

「AI」を「ChatGPT」や「Claude」と書き換えるだけでも過度な一般論化は抑えられますが、本質はそういうことではないです。
AIの文章は、全体の組み立て方の時点でもう一般論です。構造から直さないとAI臭さは抜けません。

主張が丸くてヌルい

AIは尖った主張を前面に出しません。
文章表現としても「〜が期待される」とか「〜と思われる」とか「〜の可能性が否定できない」とか。とにかくヌルい。

「AI導入により業務効率化が期待できる」

こういう文はヌルすぎて読む価値がないです。読み手の意思や感情に働きかけるには、あえて強い主張をしなければなりません。

「いまAIを導入しないと属人的な対応から抜け出せなくなる」

「今やらないと間に合わない」「だから我々がやるのだ」のような、強い危機感や強い意思を持った文はAIからは(簡単には)出てきません。AIの書く文は常に他人事で、角が立たないように丸い表現を好みます。

言い換えると、AIは責任を取らないという話でもあります。自分の責任で自分の意思を押し通す強さがありません。

歪みや偏りがない均一な密度

AIの書く文章は、すべての段落、スライドならすべてのページで密度が均一です。

これは、特にレイアウトテンプレートのルール(skill)に縛られているスライド作成で顕著です。
重要なスライドもどうでもいい導入も、同じ画面密度でぎっしりとテキストやアイコングラフィックが書かれています。

人間が作るコンテンツには重点とムラがあります。デザインレイアウトだけではなく内容にも。

歪みや偏りは悪いものではありません。それは書き手の意思です。重要でない部分にも最重要部分と同じ重さを置いてしまうのが、AIを(雑に)使って作られたコンテンツです。

綺麗すぎる結論、論理展開

AIは首尾一貫した主張と論理展開で綺麗な結論に落とし込もうとします。

あまりに綺麗な論理構造からは、検討した形跡が見えません。最初から結論ありきで決まっている印象を与えます。
文章としては綺麗にまとまっているし、根拠も綺麗。しかし、説得力がない。だまされている気がする。そういう物を作りがちなのがAIです。

人間の文章には、検討の過程やノイズが入ります。
「ラーメンにするかカレーにするかかなり迷ったが結局はカレーにした」
カレーを食べる理由を説明するのに別の選択肢を出すのは冗長です。下手をしたらラーメンに意見が誘導されてしまいます。説得のには、むしろ要らない情報です。なので、AIは今回の話がカレーならラーメンの話は極力落とします。

しかし、人を説得するのに必要なのは、綺麗な論理ではなく、意思決定の泥臭さなのです。
検討の過程で落とした方や、結局は結論とは関係なかったノイズが残っていた方が説得力は増します。

AI臭さを無くすにはどうすればよいか

ここまでの逆です。

  • 自分自身やごく近辺の固有名詞を入れる。自分ごとのエピソードにする

  • 主張をとがらせる

  • あえて歪み、偏りを作る

  • 意思決定の泥臭さを入れる

表面的な文章表現の校正ではダメなことがわかるでしょう。全体の構成から作り直す必要があります。

そしてこれは、AIが悪いのではないです。

AIに書かせている人に意思や主張がなく、言いたいこともなく、自分自身の体験もない。だからAIは一般論を書かざるを得なかったのです。

AIに書かせるときに、ちゃんと具体論に落として自分ごとにすれば、AI利用でもAI臭さは減ります。

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