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星空をえがくような、読書のときを。

灰色の雲に覆われた空から、冷たい雨が降りそそいでいる。
傘を広げて通りに出た瞬間に、甘い香りがふわりと漂ってきた。香りの行方を追いかけると、金木犀の花が雫を纏っているのが目に入る。雨の日の植物の香りは、チェロの音色に似ていると思う。


足を進めるうちに、雨は弱まってきた。
ほのかな明かりがさしてきた空を見上げる。雨音の響きを耳に残したまま書店の中へ入ると人影はまばらで、心地よい静けさに満たされている。

今日の目的は、"ブックサンタ"で贈る本を選ぶこと。児童書が並ぶ場所へ向かいながら、時の流れの早さを思った。

様々な困難を抱える子どもたちのもとへ本を届けるチャリティープログラム、"ブックサンタ"のことを知り、初めて参加したのは昨年の冬のこと。
きっかけとなったのは、いろさんが綴られていた、子どもたちへの優しいまなざしが感じられる温もりに満ちた記事だった。
(今年の記事のリンクになりますが、こちらに過去のブックサンタにまつわるお話がまとめられています。どれも素敵なので、ぜひご覧になってみてくださいね)



絵本や図鑑、伝記に物語。
背表紙の色や、見惚れてしまうようなイラストをゆっくりと眺めていると、子どもの頃に通いつめた図書室の光景が浮かび上がってくる。

級友たちと上手く関わることが出来ず、離婚してから昼夜を問わず働きだした母親と過ごす時間は短くなった。常に寂しさを感じていたのに、それを誰にも打ち明けられずにいた、小学生の頃。
当時のわたしにとって、本を読むことが、唯一の心のよりどころだった。
現実を自分自身の手で変えることは、難しい。
けれども、ページを開けば、時空を超えてここではないどこかへ旅することが出来る。想像の世界の中では、心は翼を広げ自由に飛翔することが叶うのだと知った。

記憶に揺られながら児童向けの古典文学全集の前に立つ。見覚えのある背表紙に懐かしさを感じていると、不意に心が棚の一番下の段に引き寄せられた。
『宮沢賢治童話集』という背表紙が目に留まる。大判のやわらかなその一冊を、そっと抜き出す。


表紙の絵を見た瞬間、思わず笑みがこぼれた。
舞うように飛ぶ白い鳥たちと、三日月を両手に持つひとの後ろ姿。そのひとが立っているのは、緑が広がり花が咲く本のページの上。大きな樹の枝にとまるフクロウが、こちらを見つめている。

日下明、という見慣れたイラストレーターの名前が記されていた。児童向けの本の挿絵を描かれていることを、知らずにいたのだ。心惹かれ、その作品集を幾度も開いている絵の作者と、こうして行き会えることのしあわせを感じる。自宅の壁に飾られた、星空の下で読書するひとの姿が描かれたポストカードが思い浮かんだ。

宮沢賢治の、鉱物が放つ煌めきに似た文章。
日下明の、月光のような静謐さを纏うイラスト。
そのふたつが、ひとつのページの上で溶け合い、
豊かな色彩を帯びた音色を奏でている。

『月夜のでんしんばしら』『風の又三郎』…。
目次に並ぶ一編の詩と、六話の物語の題名を見つめていると、心に強い印象を残した『やまなし』の一節が脳裡をよぎってゆく。
国語の教科書の中で、そのページだけがゆらめいていた。水底から立ち上る泡の粒、静かに流れる花のかげ。あまりにも透き通っていて、手でふれると壊れてしまいそうなことばを読んでいたときの記憶は、今も光に包まれている。

ページをめくるうちに、心に夜空が広がり、風が吹き抜ける。
図鑑の棚の前に移動し、空や雷、雲の写真があしらわれた表紙が並ぶ一角を見ていると、『星座と神話大じてん』という題名に目を引かれた。
手に取ってみると、星座の名前の由来になった神話と、星空の写真が織り交ぜられている。物語にはイラストも添えられていて、眺めているだけで心に灯りがともるようだった。

はじめて星座の物語にふれたとき、はるか昔、遠い異国の地に暮らしたひとびとも星空を見上げていたのだと思うと、胸の奥に言いようのない気持ちが広がったのを今でも覚えている。
ひとりでいることは、寂しいことではないのかもしれない。孤独だからこそ出会えるものがある。


子どもの頃、文章を読むのはもちろんのこと、
添えられた絵や写真を眺めるのも好きだった。
そんなことを思いながら選んだ本。


二冊分の重みを手に感じつつ、レジへと向かう。
ブックサンタで贈りたいこと、チャリティー栞も購入したいことを告げると、店員の方は一瞬目を見開いた後、やわらかな春の陽射しのような笑顔になり「ありがとうございます」ということばを届けてくださった。

かろやかな気持ちで外に出ると、止んでいた雨がふたたび降り始め、ときおり吹く風は指先に冷たさを染み込ませる。それでも胸の奥は、ずっと温かいままだった。


辛い状況の中にあるときはうつむきがちで、目の前の現実が世界のすべてなのだと考えてしまうことがある。
そんな時に、時間を忘れるほど夢中になれることが、ひとつでもあると良い。それはもちろん、本を読むことに限らない。

空を眺める、音楽に耳を澄ます、絵を描く…。
ほんのひとときでも、楽しいと、何かを美しいと感じることが出来れば。強い風にあおられ、ふと境界線を超えてしまいそうになるとき、それらは細いけれども強い綱になり、震える足をこの地につなぎとめてくれる。

帰宅した後、購入した栞の色を眺めながら、ふりかえることに痛みを伴う遠い日の記憶を手繰り寄せた。
本の世界で翼を広げていた時間が、沈んだ色彩の記憶の中で、夜空に瞬く星々のように輝いている。
そして過去から届くその光は、今を生きるわたしの足元も優しく照らし出しているのだ。


ちいさなひとの心にも、たくさんの煌めきが、鏤められてゆきますように。


手元にある本を開くと、勢いを増す雨の音が次第に遠ざかる。ページの上に広がる空は、どこまでも青く澄み渡っていた。




三種類ある中から選んだチャリティー栞。
購入することで活動と参加書店の応援が出来る。
大人になっても、ちがうせかいへ
旅をすることの楽しさは変わらない。


お気に入りの日下明さんのポストカードと、
ブックサンタ参加の記念に頂いたステッカー。
星、月、本というモチーフが響き合うようで、
眺めているとおだやかな気持ちになる。





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夏樹 最後まで読んで下さり、ありがとうございます。 あなたの毎日が、素晴らしいものでありますように☺️