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【小説】古の神ケースラバティと

ケースラバティ、それが古からの私の名だ。

大陸ラバティーエに存在するすべてのモノを内包するモノ、という意味で、直訳するとラバティーエの箱、というなんとも面白みのない名前になる。

とはいえ、この名は、小さな守護神がつけてくれたもので、これから数万年後には再会できる、大切な神からの頂き物でもある。

無限の可能性がある大陸には、大きな人と小さな人が住んでいて、大きな人は小さな人にとっては見えない事があるようだ。

私は、彼らにとっては神である、ようだ。神から名をもらったのだから、名を神と思ってもらうのは構わないのだが、祀られるのは少し歯がゆい。

私も彼らと変わらぬ、大陸に生きるモノであるのだから。ともに神を称えたい、と思うのだ。

「ケースラバティ」

小さな声に沈み込んでいた意識がゆっくりと浮上する。

「ケースラバティ、どうかお目覚めくださいませ」

小さな声は震えるような恐れと不安と、大きな期待が音に響いて、浮上した私の意識はゆったりと声の元へと延びていき、視線を落とした。

巨木の生える樹海の底で、湿地に生えるシダは木々の裾を覆うほどの高さだが、声の主はシダよりもはるかに小さい。湿地の水の上に小さな小枝のような舟を浮かべて、その中で膝をついて両手を胸で組むようにして見上げていた。

大陸の大きな人は、小さな人には見えないらしい、という私の思いを覆す。

すべてのモノが入る箱でも、個々の思いは米粒よりも砂粒よりも小さくて、うっかりすると気づけない。

巨木に寄りかかっていた私は、湿地の水を揺らさないように気を付けながら、ゆっくりと背を木の幹から引きはがし、シダの下の小さな影へ顔を向けた。

大きな人より大きい私は、立ち上がると巨木が胸の高さほどにしかならない。彼らの測りで数百メートルという巨木も、背もたれ程度にしかならない。

おまけに、小さな人には大きすぎて、きっと巨大な山より、私は大きく見えるだろう。

しかし、小枝のような小舟のった小さな姿は、私の動きで揺れてしまった沼地の波の中で、舟の淵をつかみながら耐えていて、目を見張るようにこちらを見ていた。

小さな顔の大きな目は、こぼれ落ちそうなほど見開かれていた。

薄い桃色のベールを顔から引き揚げ、緑色の髪を腰に流して、小舟に敷かれた美しい織物の上で膝立ちになって見上げている。

「われらがケースラバティ、われらが大地、お目覚めくださりありがとう存じます。どうぞ、われらに祝福を」

見上げる姿は組んだ手を解き、ゆっくりと両側に広げながら、こちらに向かって差し出しながら、ささやいた。

実際は大きな声だったのかもしれない。もしくは、ゆっくりと彼らにとっては言葉に聞こえない程ゆっくりとしゃべっていたのかもしれない。

私はゆっくりと桃色の姿に向かって音を降ろした。

「小さきモノ。わが内にある大切なモノよ。われの祝福を受けるがよい」

桃色の姿がその言葉に、ゆっくりとこうべを垂れて、手のひらを上にして、小舟に敷いた錦の上に頭をそっと伏せるように置く。

すると、小舟の向こうのシダが揺れ、シダの下から樹海の向こうへさざ波のようにシダが揺れ、そこから声が広がって、気が付くと、

「おおおお!」

という小さき人々の雄たけびのような大音声が、樹海の向こうから吹き上がるように空へ響いた。

「ありがとうございます」

小舟の小さな姿は伏せた頭をゆっくりと上げ、敷布に手をついたまま私をじっと見上げていた。

大きな目には涙が溜まっているようにも見えた。

私は、その目を見てからゆっくりとほほ笑んで、空を見上げた。真っ青な空は気持ちよく晴れ渡り、辺りを流れる涼しい風は、濃い緑の香りを運ぶ。

大陸ラバティーエは素晴らしいところだ。ここが私の世界であり、私は本当に幸せだ。と、名をくれた小さな守護神に感謝をささげ、

「大陸ラバティーエに、喜びと調和を、満ち満ちる光と愛に感謝をささげる」

と遠い世界にいる神へ、今の私の喜びを述べたのだった。

すると、私の内から光が湧きだして、沼地についた膝からは大地の底へ向かって光が降りて、肩から頭上へ天へ向かって光が伸びた。そして、光に喜びを載せ、神への感謝を深くする。

と、樹海の中心の、巫女のみが語りかける事ができる、と言われる神のいる神殿から、根源の光とも言われる何もかもを覆いつくすような白い光が、天空へ伸びた。と思うと、神殿を包み込むように光のドームになって、そこから大陸中へと一瞬にして広がっていったのだった。

数世紀に一人、神と語れる巫女が出る。

その巫女との語らいで、神の祝福が大陸中を埋め尽くし、大陸は、百年の間、光と喜びに覆われると言われている。

巫女が神殿へと向かうその姿を追って、護りながらもついてきた人々がいた。大陸中の国々の王族や騎士、貴族や商人や農民や神殿に使える人々が、流浪する人々が、山々に暮らす人々が、巫女を追ってやってきた。

樹海の中で、歌うように神言葉を述べていた小さな巫女が、ゆっくりと頭を下げた。

神が目覚めた時の儀礼の動きだ、と王族がざわめき、騎士がどよめき、貴族が商人がと、樹海の淵にまでどよめきが広がって、人々から、腹からの喜びの声がほとばしった時だった。

膨れ上がった白い光が見えたと思った。そして、自分たちの中にあった何かをすべて吹き飛ばすような真っ白い光を浴びて、音のない喜びの声を聴きながら、神の声を聴いた、と人は思った。

巫女は、光の塊にしか見えない、大きな神を見上げ、うっすらと涙していた。街を出る時の、人々の声を思い出す。

「大丈夫です。稀代の巫女と言われるあなた様なら。きっと、必ず」

大陸では、すべての樹木が黒ずみだして、大地が乾き、川も枯れ、山々が崩れ始めて、人の世の争いのせいとも、欲のせいとも言われ、混乱と恐慌に染め上がっていた。

そんな中、自分が生まれた。神々を見る力があると言われ、語る声があると言われ、それ以外には何もない、普通の巫女である自分が生まれた。

争いさえできない程の飢餓が来て、人々が手を組む事しかできなくなって、救いを求めて、たった一人の単なる巫女にすがるように集まりはじめた。

神に声をかけた小さな少女は、神の優しい光の中で、

「ありがとうございます。ケースラバティ」

と普通の言葉でつぶやいた。人の言葉では通じないと言われる神へ、自分の言葉でいつもの自分に戻りながら、心からの喜びと深い感謝を声にした。

光の中で、ほっとして気が抜けて。

その時、巫女の頬にそっと触れる指があった。ケースラバティの指で大きすぎて頬に触れる程近寄れなかったのだが、指の動きで空気が動き、頬を優しい風が撫でた。

ケースラバティは、心からの感謝と喜びをその小さな姿から胸いっぱいに感じ、思わず小さな姿に喜びの風を送った。

この大陸は素晴らしい。ケースラバティは微笑んだ。すると、再び光の球が巨木の樹海の神殿から、大きくなって広がって、大陸を一瞬にして白い光で染め上げた。

目を覆う程だった白い光が引いて、周囲が見え始めると、あちこちで草が芽吹き、木の枝が風に揺れると葉が緑へと変わりだし、川に水が戻って、元気に魚が跳ねだした。

大陸は数百年に一人の巫女の奇跡を得て、百年の繁栄、と言われる日々を迎えるのだった。

ケースラバティは、人々の喜びの声を聴きながら、再び巨木に持たれてゆったりと目を閉じて、うつらうつらとし始めた。

大陸の喜びの声を拾いながら、名をくれた小さな神との会合を思いながら、幸せの時の中へと沈んでいくのだった。

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