間に合わない私
私は時間の管理が苦手だ。
読みは甘いし、使い方も下手、挙げ句の果てに遅刻をする。
私と待ち合わせをしたことがある人ならわかると思うが、5分前に到着した私があなたを待っている…なんてことはほぼない。
もしも「いやいやちゃんと来てたじゃん!」と言う人がいるとしたら、それは初対面でいい子ぶりっ子していたか、あなたをめちゃくちゃ恐れているかのどちらかである。
そのくらい私は待ち合わせ場所というものに毎回ダッシュで向かっている。
毎朝駅までの道のりをゼコゼコ息を切らせて走り、毎回改札にSuicaを叩きつけるように通り抜け、ものすごい形相で車内に滑り込むという通勤スタイルを貫いているし、
高校生の時もほぼ毎朝上履きを手に持って靴下のまま教室への階段を駆け上がっていた。
上履きを履く時間も惜しいくらいギリギリでいつも生きていたので、靴下はその辺の男子よりよっぽど汚かった。
上京し、一人暮らしを始めてもこのKAT-TUN根性は治らなかった。
私の通っていた専門学校は当時、校舎の建て替えに伴い、仮校舎として14階建てのビル一棟を校舎としていた。
我が校は都内でも有数の生徒数を誇るマンモス校。なのにエレベーターは3台。
朝の通学時間にエレベーターが混まないわけがない。
そこで5階以下の教室の生徒は階段の使用を義務付けられ、それ以上の階数の生徒と全教師のみがエレベーターの使用を許されていた。
さらに最悪なことに、朝礼の始まる5分前になると、教師以外はエレベーターの使用を許さないという鬼の所業のような法律が作動する。
よって私のようなギリギリKAT-TUN野郎は毎度己を階段ダッシュの刑に処すハメになる。
この日も私はせっせと階段を登っていた。
息を切らし、めちゃくちゃ怖い担任のS先生に怒られたくない一心で足を持ち上げ、上へ上へと進んでいた。
昨晩飲みすぎた鏡月ウーロン茶割りのせいで胸焼けがひどく、思うように歩が進まない。
なんとか6階に辿り着いたが、小ゲロを吐きそうになり、そのまま膝から崩れ落ちた。
しかし私の教室は13階。
「もうダメだ…マダムSに殺される…。」
絶対絶命絶望的状況に打ちひしがれていると、目の前のエレベーターの扉がポーン!と音を立てて開いた。
6階で降りる教師数名が私をチラ見し、「ほらほら急ぎなさーい。」とはやしたてた。
「く…クソB…」禁句ワードが口から漏れそうになったその時、
「あらまぁ大変!上まで行くの?乗ってらっしゃいな。」とエレベーターの中から救いの声がした。
マジぃ〜!?何?先生?やさしっ!最高ぉう〜フゥ〜♫
とルンルンで振り返るとそこには大女優・朝丘雪路が乗っていた。
あ、ちょっと!みんな行かないで!マジ!マジなんだって!!ホントなのよ!!!一回聞いて!
昭和の大女優・朝丘雪路の隣には、我が校の校長J女史。
校長と親交のある朝丘さんは、よく我が校の最上階にある校長室へいらしていた。
海外育ちのフランクな校長は鬼の5分前エレベ法律など知らぬのだろう。
優しい2人の女神はおいでおいでと笑顔で私をエレベータへ乗るよう手招きした。
神様ありがとう!!
もう鏡月爆飲みカラオケオールとかしません!
これからは頑張って早起きします!!!!
日頃の怠惰を詫び、2人の女神に礼を言いながら乗り込んだ瞬間、私はとてつもない後悔に襲われた。
校長と雪路の奥に、最恐担任S先生と最厳教頭BA…先生が乗っていた。
チーーーーン。
地獄のエレベータースタート。
右側のニコニコ朗らかオーラと、左側の”テメェ後でわかってんだろうな、あぁん?”オーラを背に、私は階数を示すランプに全神経を集中させ、早く!もっと早く巻け!とエレベーターの滑車へ念をとばした。
しばらくの沈黙の後、浅丘さんが「何階までいらっしゃるおつもりだったの?」と私に聞いてきた。
「じゅ、13階です。」
「まぁ、大変!それならエレベーターのほうがいいわ、ねぇ先生!」
大女優は隣の校長に問いかける。
「ソウデスネ、エレベーターノホウガハヤイデスヨ〜♡」
…でしょうね。
帰国子女すぎてペッパー君みたいなカタコトの校長に心の中でツッコんだ。
そうだ!今こそ学校のトップに5分前エレベ法の改善を求めるチャンスではないか!
そうだ!私は今日、この学校のジャンヌダルクになる!
そうだ!革命を!起こ…
ポーン。
「着きましたよ、じゅう、さん、かい。」
担任マダムSが静かに鬼の形相で私へ促した。
革命起こせなーーーい!!無理無理ー!!
怖すぎぃー!担任と教頭!?あーた達マジこっわすぅぎぃーーー!!ラナウェーイ!!
逃げるようにエレベーターを飛び出し、せめて雪路には会釈をしようと振り返ると、こんな田舎娘に向かって「頑張ってね。」と大女優は優しく手を振ってくれた。
私は畏怖と感動で泣きそうになった。
手前に鬼の形相で迫り来る担任マダムSの存在と、後で漏らしそうなくらい彼女から怒られることにも気づかずに。
