#21 シチリア
シチリアが、燃えた。
パエトンがアポロンの二輪車を暴走させたかように、ギリシアが、イタリアが、そしてアルジェリアが炎に包まれた。摂氏50度にものぼる熱波が、地中海沿岸に山火事を発生させたのだ。
青い空に立ち昇る炎は、山々を貪欲に呑み込み、そして火の海に変えた。
ここ数十年、人為的な影響による気候変動が深刻化し、世界的規模で喫緊の課題となっている。
産業革命が興り、それに続く大きな二つの世界大戦、そして核実験や人間の社会活動そのものの排泄物によって、大気や土壌は汚れ、母なる地球のあちこちに資源採取のための巨大な穴があいた。人工知能の登場でますますIT化が進む現代において、サスティナブルやSDGsといった言葉がアンチブレーキシステムのように時間の加速化に楔を打とうとしているが、「便利さ」の神話を揺るがすのは難しい。
最近ではIHコンロが一般家庭に随分と普及したが、私は相変わらずガスコンロ組である。火の感覚を失いたくないということと、人類学上はじめて火を使用した北京原人に敬意を表するためである。人類が火を使えるようになったことで食生活は豊かになり、冬には暖が取れ、そして夜の闇に光をもたらした。些細なことだが、私は人類が得たその知恵を忘れたくないと思っている。
中学校のキャンプで飯盒炊飯が得意な男子と同じ班になったことがある。飯盒炊飯なんて、焚き付けに手を焼き、火加減は炎の気まぐれにまかせ、飯盒の底には真っ黒な焦げがしがみつき、肝心のご飯は糒のように歯が立たないと相場は決まっていた。
ところが、この飯盒男子は火をつけるのも火加減を調節するのも楽々とこなし、一人で火の番をしながら艶やかに輝く絶妙な味の白米を見事に炊き上げたのだった。
その古い記憶の残滓からか、何年か前に急に思い立って電気釜から土鍋へ替えた。お米がたてる音や香りを楽しみながら火加減を調節する。ものの10分で、白く輝くご飯の出来上がりだ。
同じ時期にヨーグルト作りも始めた。といっても、煮沸した瓶に牛乳と乳酸菌を撹拌するだけで、あとは勝手に乳酸菌の方で仕事をやってくれるから、出来あがりまでただ待っていればいい。
正直なところヨーグルトはあまり好きではないのだが、果物やナッツ類と一緒だと食べられるし、思えばヨーグルトを食べ始めてから風邪を引かなくなった。
ボタン一つ、スイッチ一つで何でもできてしまう世界では、考えることが減り、自分の手足を使うことも少なくなっていく。便利さが、私たちを怠惰にし、私たちの五感を鈍くする。
身の回りの生活必需品がより高度な技術で便利になる一方で、マッチの使い方すら知らず、火のつけ方すら知らない世の中になってきているのは、なんだか淋しい。
時間の加速化が便利さの神話を強化しているのではないか。
こうして手間ひま省いて稼いだ時間は、一体どこに行くのだろう。
人は、便利になるたびに、時間の後方に何かを置き忘れていく。
イタリア北部ピエモンテ州のBra ブラは、スローフード発祥の地として知られている。
スローフードとは、1980年代に始まった、美味しく健康によい(Buono=Good)、環境に負荷を与えず(Pulito=Clean)、生産者が正当に評価される(Giusto=Fair)食文化を目指す社会運動のことで、ファストフードと対極の概念である。
現在、私たちが食に関して抱える課題には、魚の乱獲による漁獲量の減少、農薬や化学肥料の使用による土壌や水質の汚染、そしてこれらの経済活動に伴う生態系の破壊などが挙げられる。
こうした食文化に対して警鐘を鳴らし、見直していこうというのがスローフード運動である。
安全な食をめぐっては、有機栽培という化学肥料を使わない農業が注目を集めて久しい。しかし、農薬などを使わない有機栽培における問題は、実は簡単ではない。
私が通う語学教室で、有機作物がテーマになったことがあった。フランスにおけるオーガニックの認証基準は非常に厳しく、環境や健康に対する意識がとても高いことが伺える。ところが、驚いたのは、有機農法で栽培された農作物の色や形状に「美しさ」が求められるということだった。フランス人が、芸術にとどまらず街並みや言葉の表現方法にすら美しさを求めることは少なからずこれまでの付き合いで知っていたが、まさか野菜の外見にまで美の追求が及ぶとは思っていなかった。
二股に分かれた人参、歪な形のジャガイモ。これらは「落第者」の烙印を押され、店頭に並べられないのだという。「見た目が悪い農産物は買わない」、日ごろ物事に寛容なフランス人の先生の発言に、クラス中が驚きを隠せなかった。どうやら美の国フランスにおいては、オーガニックという基準にエステティックな基準も含まれるらしい。加えて有機野菜は価格が高くなりがちであることも、消費者に届きにくい要因になっている。
手間ひまという時間と労力に対する対価は、農薬や化学肥料などを使用して安価で手っ取り早く栽培された農産物に対して競争力に劣る。これについては、日本も同じである。
スローフード発祥の地、イタリアにおける有機農業の中心は、長靴の爪先にある三角形の島、シチリアなのだそうだ。
シチリア島は地中海のほぼ真ん中に位置し、古代より交易の中心地として栄えてきた。ギリシャ人によって植民市が建造されたのちカルタゴの支配を受け、ローマ帝国の属州になったシチリアは、長い間帝国の穀倉という役割を果たした。その後ビザンツ帝国を支配を経て、8世紀にイスラムの支配下に入った時に、レモンやサトウキビ、ピスタチオといった作物がシチリアへ流入した。シチリアのレモンが、後に英国海軍などの壊血病予防のために船上に積まれたことは、すでに別の章で述べた。
11世紀には、北方のノルマン人、すなわちヴァイキングの進出により両シチリア王国が建設され、その都パレルモではノルマン・ギリシア・ビザンツ・イスラムの文化が融合した独自の都市文化が開花した。その後は大陸諸国の勢力下を縷々転々とし、1860年ガリバルディが率いる赤シャツ隊に占領された翌年、ヴィットーリオ=エマヌエーレ2世君するイタリア王国に献上された。
シチリアは、イタリア本土よりも波瀾万丈な生涯を送っているが、こうした豊かな文化と歴史には血塗られた過去もある。
ニノ・ロータの音楽とともに世界中の映画ファンを魅了したマリオ・プーゾの原作をフランシス・フォード・コッポラが映画化した『ゴッドファーザー』シリーズ。
本作の中で、ドン・コルレオーネの長男ソニーから運転手のポーリー殺害を命じられたクレメンザが、部下のロッコにポーリーを射殺させる場面で有名になったシチリア名物がある。
Leave the gun. Take the cannoli.
— 銃は置いておけ。カンノーリだけ取ってくれー
カンノーロとは、パスタのような生地を丸めて揚げた中に、シチリア名産のマルサラ酒で風味付けしたリコッタチーズベースのクリームを詰め、最後に同じく名産のピスタチオや砂糖漬けのフルーツを飾ったシチリア伝統のお菓子である。
Cannoliカンノーリは、Cannoloカンノーロの複数形である。(Macaroni やSpaghetti は、1本だけ食べることはないから常に複数形。)
Part Ⅲでは、マイケルの妹コニーが、ドン・アルトベッロが大好きなカンノーロに毒を仕込んで殺害する場面がある。カンノーロにとってこれは誠に不名誉な話であるが、故郷の味には強面の彼らも逆らえないようだ。

この姿、どこかでお見かけしたと思っていましたら、一年前にお会いしておりました。↓
— 前略 王蟲様
あれから、いかがお過ごしでしょうか?
暑い夏、どうかご自愛くださいませ かしこ —
* * *
マフィアの存在は長い間否定されていたが、この映画で「脚光」を浴びたこともあり、シチリアに巣食う癌として、市民を恐怖と貧困の奈落に突き落とした彼らの姿が次第に浮かび上がってきた。
その実態は映画などよりもずっと凄惨で、政財界に巧みに浸透しながら市民への暴力も厭わない犯罪集団である。シチリアだけでも犠牲者は夥しく、1993年にコルレオーネ村出身のマフィアの大ボス、トト・リイナがパレルモ郊外で逮捕されるまで、シチリアとマフィアは方程式の関係にあった。
その後、相次いでマフィアの面々が逮捕されるにつれてその手口や実態が暴かれ、シチリアはマフィアの軛からようやく解放され始めたのである。
そんなシチリアにおいて、豊かな大地を取り戻そうという活動が興り、かつてマフィアに横領された土地を譲り受けて有機農法を試みる動きが始まった。
オーガニックなワインやオリーブオイル、有機野菜などを生産し、地産地消を目指すスローフード運動がこうして次第に広がっていく。
ところが、このエシカルな社会運動とは反対に、シチリア社会の暗部にさらに深く潜り込んだマフィアはこれを逆手に取って化学肥料を使いながらオーガニックの認証を詐称し、安物を高級食材として流通経路に忍ばせ、善意ある活動を踏みにじる行為を相変わらず続けている。
原産地や添加物の偽装表示が問題となった日本においても、食と農業の問題は他人事ではない。
土が汚れている。
王蟲たちの赤い警告は、私たちの未来予想図だ。光速で進む科学技術と便利さが溢れたユートピアと、太陽が時を刻み月が眠りを告げていた人類の原風景へ回帰しようとする時間の狭間で、私たちは揺れている。
一日の終わりに最後の残照を赤く放って街の輪郭に沈む夕陽は、世界の終焉を告げているかのように、どこか物悲しい。
しかし、シチリアの人々が命懸けで戦い、再び取り戻した大地を茜に染める夕陽を想うとき、そこに生命の再生が約束されているような温かさを覚えるのである。
豊かさとは何だろう。
その根源的な問いに、シチリアの大地が答えてくれそうな気がする。
<一度は行きたいあの場所>シリーズ(21)
* * *
<あとがきに替えて>
どこまでも楽しいNanaoさんの記事。人生を楽しんでおられる様子が眩しく感じられる一方で、食の問題や社会の問題について正面から向き合い、いつも鋭い視点で語られます。
ギョギョギョ!魚卵からカラスミが!
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※このシリーズの過去記事はこちら↓
