フランス旅2025夏|第4章:フランス自炊旅|ブルターニュの魚屋編|
旅をしていると、頼まれてもないのに「日本代表」みたいな気持ちになることがあった。
「隣の村にも日本人が来たらしい。」20年以上前、ペルーの山奥の村に滞在した時。村の小学校の校長がそう言って、私を訪ねて来た。日本人というだけでも珍しいのに、それが二人揃ったから村境を越えて噂になったらしい。あと一人で、新聞沙汰だったかもしれない。多分。
そう。旅とは、遠い見知らぬ地を訪れること。と同時に、遠い見知らぬ地から来た「誰か」になることだった。
対する現代。「見知らぬ地」の誰かとも、簡単に繋がれる世の中になった。それでも時々「日本人か?」なんて唐突に聞かれたりする。そんな時は一旦、日本代表の重圧みたいなもを疑似体験してみるのも悪くない。
今回の話は、フランスのPoissonnerie (ポワソヌリ)、魚屋でのこと。
フランスの港町の魚屋で、夕食の食材を吟味する
「日本から来たの?」
フランス、ブルターニュ地方キブロン。魚屋のムッシューは、世間話の延長線上で、私に聞いてきた。
大意はそれ程なかったかもしれない。でも、外国の魚屋で「日本」から来たと明かすことに、そこはかとなくプレッシャーを感じた。「ウィ..」目は逸らさず、でも若干控えめな声で私は頷いた。
これは、「日本人=寿司職人ではない。」を託した「ウィ」だったのかもしれない。「私の限界はボンゴレだ。」の「ウィ」でもあった。ウィに託された願いは大きい。
魚屋のムッシューは、マリンボーダー柄のシャツに、真っ黄色の防水加工のエプロンを身につけていた。マリンボーダーといえば、ブルターニュ地方の船乗りが昔から着ていた作業着の柄だと聞いた。ブルターニュのお土産の定番中の定番、オイルサーディンの缶詰に描かれたイラストのように、ハイカラな感じがするムッシューだった。

ハイカラ魚屋ムッシューは、お喋りが大好きだった。時々隣の肉屋にも相槌を求める。ちょっと鬱陶しがられても一切めげないやり取りは、魚屋肉屋コンビの芸風だったのかもしれない。
私はその隙に、店先に並ぶ鮮魚を素早く物色した。正直、三枚に下ろせないものが、望ましかった。干物を懐かしく思い出した。なんだってフランスには干物がないんだろうな。湿度が低くて夏は陽の長いフランス。干物作りの好条件が揃っている気がした。あくまで気だけれども。それに第一、いまだに日本食ブームは続いているようだった。「フランスにおける干物ビジネスの機会の創出」について、プレゼン資料を作ってみるか ━━
食文化へのリスペクトを欠く妄想だけはかどって、夕食の食材はなかなか決まらなかった。
「キブロンに来たら、これ食べないとね。」
しばらくの沈黙に何かを察してくれたムッシューは、白い麻のような袋を指差す。袋の中に入っていたのは、ムール貝だった。
「俺の孫は、1キロくらいぺろっと食べちゃうよ。な、そうだろ?」
唐突に同意を求められた肉屋のムッシューは、「俺の孫は、肉の方が好きだけどな」と興味なさそうに、ボソボソと応じた。

ムール貝は、バゲットと一緒に食べる。
魚介が有名な港町キブロン。ここの海岸線に並ぶレストランで大抵見つかるのが、「ムール・フリット」だ。ムール貝とポテトフライがどちらも山盛りで提供される。ムールを蒸したスープに、ポテトフライを浸して食べると美味。
魚屋のムッシューは、オススメの食べ方を喜んでレクチャーしてくれた。
「ムール・フリットはベルギー流。一番美味いのは、スープにバゲットを浸す食べ方。やってごらん。」

ムール貝1.5キロが11ユーロ。東京のベルギー料理店でいただくことを考えれば、かなり安い。ムッシューの勧めでエシャロットとニンニク、1ユーロの白ワイン1本買って帰る。これで、ムール貝のワイン蒸を作る。
みじん切りにしたエシャロットとニンニクを軽くソテーして、あとはほぼ、アサリの酒蒸しの要領。白ワインをボトル半分くらいドバドバ入れる。火加減がよくわからないけれど、アルコールが飛んだくらいで火から下ろした。
ムール貝は、プリプリ柔らかくて、ホロホロと口の中で溶けていく。出汁と塩味もスープにしっかり出て、バゲットに浸すとなるほど抜群に美味だった。魚屋のムッシューの見立ては、本物だった。


王様食材・オマール海老を食す
魚屋のムッシューには、それから何度もお世話になった。
ムッシューの孫の好物だという(名前は不明の)白身魚を軽くソテーしたり、アサリとハマグリの中間くらいの(やっぱり名前は不明の)貝は、ボンゴレ風に頂いた。砂が気になったが、二日間くらいかけてしっかり砂抜きされたものが市場に並ぶらしい。ジャリジャリ砂を噛むことは、一切なかった。

食材に恵まれたお陰か、滞在も終盤になる頃には、魚介を調理することへの苦手意識もすっかり溶けていた。
しかしどういうわけか、料理をほとんどしない夫にまで、変な自信が芽生えていたらしい。
この日。夫が見たことのあるビニール袋を意味深な笑みと共に手渡してきた瞬間から、嫌な予感がした。夫がその日調達してきたのは、王様食材オマール海老だった。私は、我にかえった。
海外でボールを蹴ったからって、サッカー選手にはなれないのだ。フランスで料理すれば、ミシュラン店で雇ってもらえるのか。そんなわけない。王様食材を前に縮んでいく私に、夫は今度は自慢げにスマホの画面を見せてくる。
「大丈夫。これ見て。」
夫のドヤ顔は置いておいて、私は夫のスマホを仕方なく覗いた。画面に映っていたのは、ハイカラ魚屋ムッシューからの「ビデオメッセージ」だった。
ビデオの中でムッシューは、オマール海老の下処理をしていた。撮影しているのは、夫。そして手際よく包丁を動かしながら、「よし。これで、あとは全部食べられるよ。おっと、殻以外はね!」なんて、お決まりのジョークも忘れていなかった。
「オリーブオイルと塩胡椒で下味をつけて、あとはオーブンで焼くだけ。ハサミの部分はボイルして、マヨネーズと一緒に食べるといい。」
途中、どこかのマダムが「バーベキューにするのね」とか何とか乱入してきた部分も含め、BSの旅番組のようなハイカラなビデオだった。

ムッシューの言うとおりにグリルしたオマール海老は、今まで食べたどんなオマール海老よりずっと繊細な口当たりで、コクがあった。心配した火の通り方も、申し分ない。ミソの部分も全部、バゲットですくって食べ尽くした。
心の底から湧き上がってくるような、「ご馳走様でした」を呟いた。
◇
旅に行けば、その土地のものが一番美味しいという。それはやっぱり、紛れもない事実なのかもしれない。
ふと思う。
結局、あの魚屋のムッシューは、一時期足繁く通ってきた客の一人が日本人とか、そうじゃないとか、全く覚えてないだろう。
そんなことより、あの時のハイカラな出会いも含めて、美味だった。
私がそれを覚えている。それだけ。それでいい。
📔全ての旅行記はこちらから📓
いいなと思ったら応援しよう!
頂いたチップは、明日のコーヒー代に... ☺️
大切に使わせていただきます☕️