異世界ダイニング りょりょ亭 第二十八話
#第二十八話 司法の訪問者
オリンの裏切りとリーリョの正体が明かされた夜から、三日が過ぎていた。
りょりょ亭の前には、王国軍の兵士たちが整然と並んでいる。朝靄の中、銀色の鎧が朝日を反射して輝いていた。彼らの手には、大切そうに抱えられた容器があった。その中には、小分けにされた『巡環の饗宴』が入っている。

「第三小隊、東地区への配送準備完了!」
「第五小隊、北の村落への出発、準備よし!」
「第七小隊、国境付近の町への護送、準備完了であります!」
王国軍の隊長——壮年の人間の男性が、リョコに向かって深く敬礼をした。
「リョコ様、『巡環の饗宴』の配布は我々にお任せください。陛下より、リョリーディア全土への迅速な配送を命じられております」

リョコは少し戸惑いながらも、深く頭を下げた。
「お願いします。一人でも多くの人に、この料理が届きますように」
「必ずや!」隊長が力強く答える。「我々も、この料理に救われた者たちです。その恩に報いるためにも、全力を尽くします」
隊長の後ろに控える若い兵士が前に出た。
「リョコ様、私の妹も黒い霧に操られていました。でも、あなたの料理のおかげで正気を取り戻しました。本当に、ありがとうございます」
「私の父も救われました」別の兵士も頭を下げる。
次々と感謝の言葉が寄せられ、リョコは涙を堪えながら一人一人に応えていた。
王国軍の部隊が次々と出発していく中、りょりょ亭の仲間たちは破壊された店の復旧作業に取り掛かっていた。
「よし、この梁を支えるぞ!」ブロノールが大きな木材を担ぎ上げる。竜眠谷での傷はまだ完全には癒えていないが、額に汗を浮かべながら力仕事に精を出していた。

「無理しないで」エルデが心配そうに声をかける。「まだ完治していないでしょう」
「これくらい、なんてことねぇ」ブロノールが豪快に笑う。しかし、その笑顔の裏には、オリンへの複雑な思いが見え隠れしていた。
「壁の修復は私に任せて」シルウェンが魔法で壊れた壁を再構築していく。黄金の瞳が集中で細められ、魔法陣が空中に浮かび上がる。「でも、完全に元通りにするには時間がかかりそうね。結界も一から作り直さないと……」

彼女の表情には、自分の結界を内側から破られたことへの悔しさが滲んでいた。
ガリオンは帳簿を片手に、修繕費用の計算をしていた。

「ったく、とんでもない額になりそうだぜ……」そろばんを弾く音が響く。「窓ガラスだけでも相当な額だ。まあ、店が無事だっただけマシか」
「でも、これって保険は効くの?」ダリアンが心配そうに尋ねる。
「『ネクリシアの襲撃による被害』なんて項目、保険にあるわけねぇだろ」ガリオンが苦笑する。
ミラベルとソルヴィーヌは、散乱した調理器具を集めて整理している。
「あ、これ……」ミラベルが曲がった包丁を拾い上げる。「オリンがくれた包丁……」

一瞬、手が止まる。オリンの姿が脳裏に浮かぶ。あの時の優しい表情は、演技だったのだろうか。
「ミラベル……」ソルヴィーヌが優しく声をかける。
「大丈夫。ただ、ちょっと……」ミラベルは涙を拭いて、作業を続けた。
レナーラとスライアは、壊れた食器の破片を丁寧に片付けていた。
「これ、お気に入りの皿だったのに……」スライアが割れた皿を見つめて呟く。

その皿は、ティナと一緒に選んだものだった。「お姉ちゃん、この模様きれい!」と言って喜んでいた妹の笑顔が蘇る。
「ティナ……」
涙が零れ落ちる。ティナの最期の言葉——「お姉ちゃん、ありがとう」が、まだ耳に残っている。
ソルヴィーヌがそっと彼女の肩を抱く。
「大丈夫よ、スライア。ティナちゃんは、きっと安らかに……」
サルリンとジョレルは、倒れた家具を起こして配置を直している。
「ここに、テーブルがあったよな」サルリンが重いテーブルを持ち上げる。

「ああ、そこはオリンがいつも……」ジョレルが言いかけて、言葉を飲み込んだ。
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
ティロンは魔法で焦げた部分を修復し、ブレイヤは床の修理を手伝っていた。

「この焦げ跡、私の炎魔法のせいか……」ティロンが申し訳なさそうに呟く。
「戦いだったんだ、仕方ないわ」ブレイヤが肩を叩く。
フロリアは元気がないながらも、小さな体で一生懸命掃除を手伝っている。時折立ち止まっては、オリンがいつも座っていた席を見つめていた。
「クーン……」

寂しそうな鳴き声が、誰の心にも突き刺さる。
エマも魔法粉を使って、壊れた部分の修復を助けている。しかし、いつもの「エマちゃん頑張る〜!」という明るい声は聞こえない。
「エマ、ちょっと休憩しない?」フレイエルが心配そうに声をかける。
「エマ、大丈夫……」小さな妖精は力なく答えた。
アストリスとリオラは、魔法で店内の清掃を手伝っていた。
「お兄ちゃん、オリンさんは本当に……」リオラが不安そうに呟く。

「今は考えるな」アストリスが妹の頭を撫でる。「まず、目の前のことをやろう」
ロッサも食材の整理を手伝いながら、時折ため息をついていた。
「この香辛料、オリンと一緒に見つけたやつだ……」
小瓶を見つめる目には、悲しみが宿っている。
「みんな、お疲れさま」リョコが皆に声をかける。「休憩にしましょう。お茶でも……」
しかし、その表情には明らかな陰りがあった。いつもの優しい笑顔が、どこか作り物のように見える。
「リョコも休んだ方がいい」カエリスが静かに言う。「無理をしても、いいことはない」
「でも、みんなが頑張ってるのに……」
その時、店の入り口から凛とした声が響いた。
「失礼します」
全員が振り返ると、そこには見慣れない人物が立っていた。
黒豹の獣人女性。艶やかな黒い毛並みは手入れが行き届き、鋭い瞳は全てを見通すような輝きを持っている。身に纏っているのは、司法官の正装——黒地に金の刺繍が施された威厳あるローブだった。その佇まいには、有無を言わせぬ威圧感が漂っている。

後ろには、武装した衛兵が二名控えていた。
「私は司法省特別執行官のエリセと申します」
女性が懐から身分証を提示する。そこには、王国の紋章と共に、彼女の役職が記されていた。
「トルヴィン氏はこちらにいらっしゃいますか?」
トルヴィンが困惑した表情で前に出る。まだ正気を取り戻してから日が浅く、顔色も優れない。
「俺ですが……何か?」
エリセは懐から令状を取り出した。それは王国の正式な書類で、裁判所の印が押されている。

「トルヴィン氏、あなたを暴行罪、器物損壊罪、および公務執行妨害の容疑で逮捕します」
「なっ!?」
店内が騒然となった。
「ちょっと待ってください!」ミラベルが真っ先に前に出る。「トルヴィンさんは操られていたんです! 黒い霧に——」
「承知しています」エリセが冷静に答える。その声には一切の感情が込められていない。「しかし、操られていたとはいえ、実際に多くの市民が傷つけられました。法の下では、その責任を問わねばなりません」
「そんな……」リョコが震え声を出す。「トルヴィンさんは被害者なのに……」
「被害者?」
エリセの瞳が鋭く光る。その視線は、まるで獲物を狙う豹のようだった。
「では、彼に傷つけられた人々は何と呼べばいいのですか?」
その言葉に、誰も答えられなかった。
エリセは書類をめくりながら、淡々と続ける。
「商店街のパン屋、モーリス氏。肋骨三本骨折、全治二ヶ月」
「八百屋のサラ夫人。右腕複雑骨折、現在も治療中」
「そして——」エリセの声が一段と低くなる。「七歳の少女、リリア。トルヴィン氏に投げ飛ばされ、頭部打撲。一時は意識不明の重体でした」
店内に重い沈黙が降りる。
「あなた方には理解できないかもしれません」エリセが続ける。「しかし、家族を傷つけられた人々の気持ちを考えたことがありますか?」
彼女は一歩前に出た。
「リリアの母親は、毎日病院で泣いていました。『なぜうちの子が』と。その問いに、『操られていたから仕方ない』と答えられますか?」
ジョレルが拳を握りしめる。
「でも、それは——」
「感情論では法は動きません」エリセが断言する。「私も、彼が本意ではなかったことは理解しています。しかし、秩序を保つためには、必要な手続きがあるのです」
「じゃあ、黒い霧を操っていたマロヴァンやネクリシアは!?」サルリンが声を荒げる。「真の犯人はあいつらだろう!」
「その通りです」エリセが頷く。「マロヴァンには国際指名手配が出されています。ネクリシアに対しても、王国は正式な抗議と賠償請求を準備しています」
「だったら——」
「だからといって」エリセが遮る。「実行犯の責任が消えるわけではありません。これが法治国家というものです」
ガリオンが前に出た。
「おい、あんた。俺たちの仲間を犯罪者扱いするってのか?」
「事実を述べているだけです」エリセは動じない。「感情で法を曲げれば、それは人治国家。法の下の平等は失われます」
トルヴィンが深く息を吸った。
「……分かりました。行きます」
「トルヴィンさん!」
仲間たちが止めようとするが、トルヴィンは首を振った。大きな手で、みんなを制する。
「いいんだ。確かに、俺は人を傷つけた。操られていたとはいえ、それは事実だ」

彼の目には、深い後悔が宿っていた。
「あの時の記憶は、おぼろげだけど残ってる。小さな女の子を……俺は……」
声が震える。
「償わなきゃならない。それが、せめてもの……」
エリセが部下に合図すると、手錠が用意された。
手錠がかけられる音が、店内に響く。
エリセがリョコの横を通り過ぎた。他の人には聞こえないよう、素早く小声で囁く。

「安心してください。悪いようにはしません」
リョコが驚いて顔を上げると、エリセは店内を見渡すふりをしながら続けた。
「私も全て理解しています。彼が被害者でもあることも。ただ、今は法的手続きが必要なのです」
その瞳には、冷徹な司法官とは違う、温かな光が一瞬宿った。
「被害者感情を収めるためにも、形式的な手続きは必要です。彼を守るためにも。どうか、私を信じてください」
そして、また冷たい表情に戻る。
「では、連行します」
トルヴィンが連行されていく中、彼は振り返って力なく微笑んだ。
「みんな、心配するな。すぐ戻ってくるよ。その時は、また美味い寿司を握らせてもらうぜ」
しかし、その笑顔は明らかに無理をしていた。
フロリアが悲しそうに「ワンワン!」と吠える。
エマも「トルヴィンさん……」と涙を流す。
扉が閉まり、重い沈黙が店内を包んだ。
「くそっ……」サルリンが壁を殴る。「なんで、こんなことに……」
「法律、か……」ブレイヤが呟く。「確かに、必要なものだけど……でも、なんか納得いかねぇ」
「でも、あの司法官の言うことも……」レナーラが複雑な表情を見せる。「被害者の気持ちを考えると……」
「分かってる!」ジョレルが声を荒げる。「分かってるけど……くそ!」
リョコは呆然と立ち尽くしていた。エリセの囁きは聞こえたが、それでも不安は消えない。
その後も復旧作業は続いたが、皆の心は重かった。作業の手も、どこか上の空だった。
夕方になり、ようやく一段落ついた頃、ティルリンが重い口を開いた。
「なあ、僕たちって……本当に正しいのか?」
「どういう意味?」ダリアンが尋ねる。
「だってよ、僕たちはトルヴィンを『被害者』だって言うけど……あの司法官の言う通り、傷つけられた人たちも被害者だろ?」
誰も答えられない。
「オリンだって……」ティルリンが続ける。「もしかしたら何か事情が……」
「やめろ」ガリオンが遮る。「考えても仕方ねぇ」
しかし、誰もが同じことを考えていた。
何が正しくて、何が間違っているのか。誰が被害者で、誰が加害者なのか。
単純な答えなど、ないのかもしれない。
* * *
数日後、りょりょ亭はなんとか仮営業を始められる状態まで回復していた。
王国軍の働きにより、『巡環の饗宴』はリョリーディア全土に行き渡りつつあった。街には活気が戻り、人々の笑顔も増えていく。
「陛下からの伝令です」
王国の使者が訪れ、羊皮紙を手渡した。
リョコが読み上げる。
「『巡環の饗宴の配布は順調に進んでいる。国民の九割以上が既に口にし、黒い霧の影響は完全に払拭されつつある。りょりょ亭の皆に、深く感謝する』」
「よかった……」ミラベルが安堵の息をつく。
「でも、トルヴィンは……」スライアが心配そうに呟く。
「きっと大丈夫よ」ソルヴィーヌが励ます。
しかし、皆の表情は晴れない。
「明日から、仮営業を始めましょうか」シルウェンが提案する。「完全じゃないけど、お客様を迎えられる状態にはなったわ」
「そうね……」リョコが力なく答える。
皆が帰った後、夕暮れ時、リョコは一人、修復されたばかりのカウンターに座っていた。

店内は静かで、夕日が窓から差し込んでいる。オレンジ色の光が、空っぽの席を照らしていた。
裏切りの場面が、何度も脳裏に蘇る。あの冷たい表情、「全て演技だった」という言葉。
でも、時々見せていた優しい笑顔は、本当に全て嘘だったのだろうか。
そして、リーリョ——いや、国王のことも。
アホロートル獣人の姿で、一生懸命掃除をしていた姿を思い出す。
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
ふと、店内を見渡す。
一見、普通のダイニング。でも、ここには国王が身を隠し、ネクリシアのスパイが潜入していた。
「リョコ、大丈夫か?」
ガリオンが心配そうに声をかけてきた。隣にはエリンもいる。二人とも、まだ片付けの続きをしていたらしい。
リョコは意を決して、二人に向き直った。
「ガリオン、エリン……あなたたちは知っていたのよね? リーリョ様が国王だってこと」
二人は顔を見合わせた。
「……ああ」ガリオンが重い口を開く。「俺たちは元々、国王直属の兵士だった」
「え!?」
リョコは驚いた。確かに、ガリオンもエリンも、ただの従業員にしては能力が高すぎるとは思っていたが……
「正確には、俺は王国財務省の特別会計官だった」ガリオンが苦笑する。「表向きは財務管理官だが、実際は国王の私的な財産管理も任されていた」
「私は宮廷魔術師団の一員」エリンが続ける。「国王直属の親衛隊の」
リョコは言葉を失った。
「じゃあ、最初から国王様を守るために……」
「いや、違う」ガリオンが首を振る。「確かに最初はそうだった。陛下が『りょりょ亭で働きたい』と言い出した時は、正気を疑ったぜ」
エリンが苦笑する。
「私たちは必死に止めました。国王が素性を隠して一般の店で働くなんて、前代未聞ですから」
「でも?」
「でも、陛下は聞かなかった」ガリオンが頭を掻く。「『これは命令だ』って。仕方なく、俺たちも一緒に来ることになった」
「最初は護衛のつもりだったけど……」エリンの表情が和らぐ。「いつの間にか、本当にりょりょ亭の一員になっていた」
リョコは深く息をついた。
「でも、なぜ国王様はりょりょ亭に……」
「それが、俺たちにも分からないんだ」ガリオンが首を振る。「陛下は多くを語らなかった。ただ、『りょりょ亭で働きたい』とだけ」
「一度だけ、陛下が呟いたことがある」エリンが思い出すように言う。「『ここには、大切なものがある』って」
「大切なもの……」
リョコは考え込んだ。そして、決心したように立ち上がる。
「実は……りょりょ亭は、私が作った店じゃないの」
「なに?」
二人が驚く中、リョコは続けた。
「ある人から、引き継いだ店なの。私を子供の頃から育ててくれた人」
「それは……」
「その人なら、何か知っているかもしれない。りょりょ亭の秘密も、国王様のことも」
リョコは窓の外を見た。日はすっかり暮れて、街に明かりが灯り始めている。
「明日、その人のところへ行こうと思うの」
その時、厨房から顔を出していたミラベルが声をかけた。
「リョコ、もしかして……あの人のところへ?」
リョコが頷くと、他の仲間たちも集まってきた。
「おねぇさまのところ?」ソルヴィーヌが尋ねる。
「おねぇさま?」ガリオンが首を傾げる。
「リョコを育てた人よ」レナーラが説明する。「この店の前のオーナーで……ちょっと変わった人だけど」
「変わったなんてもんじゃないわよ」ミラベルが苦笑する。「でも、確かに何でも知ってそうな人ではあるわね」
「行ってきなさい」シルウェンが優しく言う。「ここは私たちで何とかするから」
「でも、みんなに迷惑を……」
「何言ってるの」ジョレルが笑う。「仲間だろ?」
「真実を知ることも、大切よ」カエリスが静かに頷く。
サルリンも腕を組んで頷いた。
「俺たちも気になってたんだ。国王がなんでここにいたのか」
仲間たちの温かい言葉に背中を押され、リョコは涙を拭った。
「ありがとう、みんな……」
翌日の夕方、リョコはガリオン、エリンと共に店を出た。
「で、どこにあるんだ? その店は」ガリオンが尋ねる。
「普通の場所じゃないの」リョコが苦笑する。「ついてきて」
リョリーディアの大通りから外れ、次第に道は細くなっていく。石畳も古びて、所々ひび割れている。
「おい、本当にこんなところに……」ガリオンが不安そうに呟く。
建物も次第に古くなり、人通りも少なくなってきた。薄暗い路地を進むと、廃墟のような建物が並ぶ一角に出た。

「ここを右に」リョコが角を曲がる。
すると、行き止まりの路地があった。
「行き止まりじゃないですか」エリンが困惑する。
「よく見て」
リョコが指差した先をよく見ると、壁の一部が微妙に違っていた。まるで、そこだけ空間が歪んでいるような……
「これは……幻影魔法?」エリンが驚く。「かなり高度な……」
「普通の人には見えないの」リョコが説明する。「でも、縁がある人には見える」

リョコが壁に手を触れると、そこに小さな扉が現れた。
「すげぇ……」ガリオンが息を呑む。
扉には看板もなく、ただ「営業中」と書かれた小さな札がかかっているだけ。
「ここよ」
リョコが扉のノブに手をかける。
「覚悟はいい? 中にいる人は……ちょっと特殊だから」
ガリオンとエリンが顔を見合わせ、頷く。
扉を開けると、そこは別世界だった。
薄暗い店内。カウンターだけの小さなスナック。壁には無数の酒瓶が並び、それぞれが微かに光を放っている。天井からは星座を模した装飾が下がり、まるで夜空の下にいるような錯覚を覚える。
そして、カウンターの向こうには——
「あら〜、いらっしゃい♪」
七色に輝く髪を優雅に揺らしながら、妖艶な笑みを浮かべる人物がいた。性別も年齢も判別できない、不思議な魅力を放つ存在。

「ピキアージュさん……」
リョコが懐かしそうに名前を呼ぶ。
ピキアージュと呼ばれた人物は、グラスを磨きながら微笑んだ。
「全くあんたは…ピキねえさんって呼びなさいっていつも言ってるでしょっ!」
「ふぅ…まぁいいわよ。そろそろ来ると思ってたわ、リョコ」
その声は、不思議な響きを持っていた。
