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異世界ダイニング りょりょ亭 第十四話

#第十四話  迫る闇、旅立ちの誓い



それは、誰もが見て見ぬふりをできないほどに迫っていた。

森の奥から吹き抜ける冷気は、まるで太古の悪意を帯びた夜そのものを引きずってきたかのように重く、鈍く、人々の心を締め付けていく。リョリーディアの大森に住まう精霊たちの声が消えていく。

街の周囲を守る魔法障壁は時折不吉な軋みをあげ、夜ごとに精霊たちの囁きは不自然に途絶え、夜更けには怯えるような物音がそこここから漏れ始めていた。街の住人たちはまだ気づいていないか、あるいは気づかないふりをしているだけ。だが、魔力に敏感なリョコには、その不穏な気配が肌身に染みていた。

リョコは早朝の厨房で、窓の外を静かに見つめていた。焦げ茶色の瞳には、煌めく星々を遮る何かへの懸念が宿っている。森から立ち昇る黒い靄が、夜空をじわりと蝕んでいくのを感じずにはいられなかった。靄は濃さを増し、その範囲を広げていく。このままでは、この森だけでなくリョリーディアも飲み込まれてしまうだろう。

「これ以上、放ってはおけない……」

リョコは小さく呟き、胸元にある魔法書『巡環の饗宴』をぎゅっと抱きしめた。

循環の饗宴を手にするリョコ


魔法の料理書の中に記された六つの食材。それらを集め、古の料理を作り上げなければ、この世界は静かに、しかし確実に闇に飲み込まれてしまう。

『氷霊果』
『暁星茸』
『星渡り魚』
『竜眠豆』
『幻獣白乳』
『霞咲蜜』

これらを集めることは、一人で達成できるほど簡単なものではない。それぞれの食材が眠る場所はどれも強大な魔力に満ち、猛る魔獣、過酷な自然が立ちはだかる。だからこそ、信頼できる仲間が必要だった。

(お願い、みんな……力を貸して。この闇から世界を守るために)

リョコは祈るように目を閉じた。暖かな厨房の中で、深い決意を胸に刻みながら。

薄明かりが差し込むりょりょ亭の店内。いつもと変わらぬ明るい笑顔で歩き回るリョコだったが、その瞳には静かな覚悟が宿っていた。常連客たちにも気づかれないよう、さりげなく準備を進める必要がある。

まずは、開店準備でカクテルグラスを磨いているラヴィンに声をかける。赤髪のヴァンパイア族の青年は、この店でも古くからの従業員であり、リョコの幼馴染でもあった。

「ラヴィン、少し話があるの」

ヴァンパイア族のラヴィン


ラヴィンはリョコの真剣な表情に気づき、静かに手を止めた。彼の瞳は、すでに何かを察しているようだった。

「どうしたんだ? 改まって」彼の声は冷たく澄んでいたが、リョコにはその中に潜む温かさが分かった。

「氷霊果を探してほしいの。あなたなら夜の冷気も味方にできるでしょう?」

ラヴィンは軽く微笑んだ。彼の指先から漏れる微かな氷の粉が、空気中でキラキラと舞った。生まれつきの氷の魔法を持つ彼は、凍てつく場所に適した人物だった。

「夜の冷たさは嫌いじゃないよ。白霜の奥地へ行けばいいんだろう?」彼は宙に小さな氷の結晶を作り出しながら言った。「誰を連れていくか、僕に任せてくれる?」

リョコは安堵したように頷いた。

「もちろんよ。あなたに任せるわ」

次に向かったのは調合室。りょりょ亭の特製調味料を作っていたスライアが、薬草を調合している最中だった。小柄な少女は薬草の知識に長けており、りょりょ亭の味の秘密を守るキーパーソンだ。

「スライア、暁星茸の採取を頼みたいの」

薬草調合をしているスライア


スライアはすり鉢を置き、小さな瞳をきらりと輝かせた。好奇心旺盛な彼女にとって、伝説の食材は抗いがたい誘惑だったようだ。

「伝説の魔法キノコか……面白そうね。禁忌の森にあるって伝説は本当かしら?」彼女は早くも興奮した様子で、手元の薬草図鑑をパラパラとめくり始めた。「適材適所でメンバーを集めてみるわ。星の精霊リオラなら、星の位置からキノコの生える場所を予測できるかもしれないわね」

「助かるわ、よろしくね」

続いてリョコが訪れたのは、りょりょ亭の奥にある静かな香りが漂うシガーバー。そこには落ち着いた瞳で煙を揺らすカエリスがいた。彼女は元・傭兵であり、今はりょりょ亭の警備とシガーバーを担当している。寡黙で謎めいた女性だが、その腕前は確かだった。

「カエリス、星渡り魚を探してほしいの。静かな場所にしか姿を現さないと言われているから、あなたが一番適任だと思って」

シガーバー、カエリス


カエリスは口元を僅かに緩め、静かに頷いた。彼女の目には、どこか懐かしむような光が宿った。

「星渡りの泉か…」彼女は遠い目をした。「あの場所に行くのは久しぶりね。分かったわ。静かに片付けてくるから、安心して待っていて」

その後、りょりょ亭の裏手にある畑で土を耕しているブレイヤを訪れた。力強い腕で鍬を振るう彼女は、大地の魔法を宿し、どんな場所でも作物を育てる天才だった。

ファーマー、ブレイア


「ブレイヤ、竜眠豆を探してきてほしいの」

彼女はすぐに話を察したように頷いた。額の汗を拭いながら、力強い笑顔を見せる。

「大地の底で眠る竜眠豆ね。古龍の骨が眠る渓谷へ行かなきゃならないわね」ブレイヤは土の感触を確かめるように手を握った。「あたしに任せて。腕利きのメンバーを揃えるわ。地震が起きても動じない連中でね!」

そして最後に、リョコは裏口を警戒するオリンを訪ねた。彼はいつも通り、冷静な目で森の奥を見つめていた。

「オリン、幻獣白乳の採取、あなたに頼みたいの」

オリンは鋭い眼差しで振り返り、しかしどこか穏やかな口調で答えた。

オリン


「まったく、俺が行かなきゃ誰が行くんだ?」彼は双剣を肩に担ぎ直した。「伝説の白き獣を傷つけずに乳を得るのは至難の技だぞ。でも心配するな、必ず持ち帰る」

リョコは仲間たちの力強い返事に、胸が熱くなった。彼らがいる限り、きっとやり遂げられる。彼らの存在こそが、りょりょ亭の本当の魔法なのだ。そして、最後の食材「霞咲蜜」は、リョコ自身が取りに行く。

「みんな……ありがとう」

リョコの呟きが静かな風に乗って流れた。窓の外には、静かに渦を巻き始めた黒い靄が、ゆっくりと濃さを増していた。リョリーディアの森の中心から放射状に広がる黒い靄は、少しずつその領域を広げている。

残された時間は、もう長くはない。六つの食材を集め、「巡環の饗宴」を完成させなければ、闇は完全にこの世界を飲み込むだろう。それでも、今は前に進むしかない。

りょりょ亭の未来、そしてリョリーディアのために——。

リョコは静かな覚悟を胸に、再び魔法書『巡環の饗宴』を強く抱きしめた。その表紙に刻まれた六芒星の紋章が、かすかに輝きを放った。

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