見出し画像

『頑張る』と『無理をする』は、何が違うんだろう。

「頑張ってるね。」と言われることがある。
でも、その言葉をかけてもらうたびに、少しだけ考えてしまう。

自分は、本当に頑張っているんだろうか。


正直、あまりそういう感覚がない。
もちろん、大変なことはある。
忙しい日もある。
考え、悩み続けることもある。

でも、「頑張っている」というより、
「やりたいからやっている」に近い気がしている。

だから最近、一つの問いが浮かんだ。

「頑張る」と「無理をする」は、何が違うんだろう。


昔の自分

昔の私は、「無理をする」ことが頑張ることだと思っていた。

睡眠を削る。
疲れていても笑う。
「できます。」と言う。
限界まで走る。

それが努力だと思っていた。


でも今振り返ると、あの頃は「頑張っていた」というより、

「止まれなかった」

だけだったのかもしれない。


筋肉痛だらけの野球部時代

だけど、「止まれなかった」ことだけではない。
ちゃんと頑張っていたこともあった。

例えば、野球。
私は小学2年生から高校まで10年以上野球をやってきた。

小→中→高と、ステージが上がるにつれ、漏れなくきつくなっていく。高校の頃なんか、毎日湿布を貼っていた。

手は常にマメができていて、身体にはどこか必ずテーピングが貼ってある。
160センチ前半と、大きくない身体を目一杯に使っていたから、ダメージも大きい。

じゃあ辞めたいと思っただろうか。
無理していると思っただろうか。

そんなの1回も思ったことない。
上手くなりたい、強くなりたい、勝ちたい。ただその一心でやっていた。自分が選んでやっていた。


広報を立ち上げてきた話

広報をゼロから立ち上げてきた。

大変だったこともたくさんある。まさに「右も左もわからない」状態。
単語を浴びて、数字を浴びて、目の前が真っ暗になるとはこのことか!!というのを経験した。

でも、辞めたいとは思わなかった。
なぜか。

自分で選んでいたから。自分がそうなりたい、広報になって実現したいことがあるといい続けて、実際にアサインしてもらえたから。

そんなお膳立てしてもらって、「ブーブー」言うのはお門違いだし、そんなの微塵も思ったことない。

そして歳を重ねれば重ねるほど、仕事との向き合い方も変わっている。

無理をすることより、長く続けられること。
今日だけ走ることより、十年後のチームが成長していること。

そちらを大切にしたいと思うようになった。


思うこと

「頑張る」と「無理をする」の違いって、時間でも、忙しさでも、疲労でもない気がしている。

たぶん、自分で選んでいるかどうか。これが大きい。

誰かにやらされている。
嫌だけど続けている。
納得できないまま続けている。

そういう状態は、どれだけ短くても、自分にとっては「無理をしている」なんだと思う。

逆に、大変でも、

自分で選んでいる。
納得している。
意味があると思えている。
だから続けられる。

そういう時間は、「頑張っている」なのかもしれない。


ただし

もちろん、これは少し「マッチョ」な考え方だとも思っている。

世の中には、自分では選べない環境もある。頑張りたくても頑張れない日もある。

だから、誰にでも当てはまる話ではない。

これは、あくまで自分が積み上げてきた中で見つけた、一つの考え方。


一番伝えたいこと

でも、一つだけ思うことがある。

納得できないものを、何も考えずに続けること。それだけは、少し危ない気がしている。

すぐに辞める必要はない。
環境を変える必要もない。

でも、

「自分は、なぜこれを続けているんだろう。」

その問いだけは、持ち続けた方がいい。

その問いがあるだけで、無理は、頑張るに変わることがある。


おわりに

今でも、「頑張ってるね。」と言われることがある。
でも私は、これからも頑張ることを目指したいわけではなくて。

納得して積み上げられる毎日を選びたい。

うまくいかない日もある。
迷う日もある。

それでも、自分で選び、自分で意味を見つけながら歩いていけたら、それは「無理」ではなく、自分らしい「頑張り」なんだと思っている。

いいなと思ったら応援しよう!

しお|言葉を育てる人 今後の記事の質向上のための資金として使わせていただきます!

この記事が参加している募集