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「和賀英良」獄中からの手紙(20)音楽家への道

―作曲は天からの「ご神託」―

何度もご説明しておりますが、自分は前衛音楽の作曲家であってクラッシック音楽の基礎はほとんどありません。

この前衛音楽というのは俗にいう「ドレミ」の楽譜を使用しないことも多く、先端的な演奏では「図形楽譜」と呼ばれるモダンアートのような抽象的な譜面を使って、その譜面に示された形状からインスパイヤーされた音を演奏家が奏でていく、そんなことが演奏会でおこなわれていました。

和賀英良作曲 打楽器七重奏曲 『235 pulse G3 』© Ryohei Imanishi

私が放浪していた時、ある神社で「大祓使徒」のご神託を受けたことは、以前書いたような気がいたしますが、それ以降に不思議なことが起こるようになりました。

それは勝手に手が動いて、見たこともないような文字のようなものを書いたり、〇と十字が螺旋状に連なった図形のようなものを描くようになったのです。

書くといっても当時は手元に紙と鉛筆があるわけでもないので、一人でいるときに地面に木の枝で画いておりました。そんな時はあたまを空っぽにして、自分の手が勝手に動くに任せるようにすると、自然に木の枝が動くのです。

あるとき父の千代吉がそれを見て言いました。

「秀夫、そりゃコックリさんじゃのう」
「誰が書いているのか、聞いてみろ」

すると、手が勝手に動いて
「う・し・と・ら・の・こ・ん・じ・ん」 
と地面に書きました。

自分はまったく意味が解らなかったのですが、後で聞くとことによると「艮(うしとら)の金神」と書く神様で、「金神=こんじん」とは“祟り神”のこと、また「艮」(うしとら)とは「東北」の意味で、もっとも恐れられている「鬼門」(きもん)の方位にあたります。

またこの神様は、世直しをするべき人に神示を託すとのことであり、瀬織津姫命 《 せおりつひめのみこと 》とは夫婦であるとも言われております。

これは三原の宮司様がおしゃっていた「おぬしらは瀬織津姫(せおりつひめ)なんじゃ」ということとも一致します。

こういった文字や図形は自分の頭の中にしか残っていませんが、これらの出来事が後に前衛的な楽譜を書く際に役に立っております。

ようするに自分の作曲技法はほとんどが天啓の「お筆先」であって、手が勝手に譜面を描いていることが真実であります。

フランスの現代作曲家であるオリヴィエ・メシアンは鳥の声を聴き分け、それをそのまま譜面にして管弦楽曲にした作品がありますが、自分の作曲も「神の声をそのまま下界に下ろす」その方法に近いのかもしれません。

自分は真夜中にご神託を受けて以来、さまざまな自然音に敏感になりました。動物や鳥の鳴き声もその意味が分かるようなり、天啓の音楽が頭に響くようになりました。それが私の音楽家への道の始まりなのです。

私がほとんど学問もなく、ましてや音楽教育も受けてきていない孤児だったにもかかわらず、世間からの音楽のクリエイティヴな評価が得られたのは、放浪中の霊的覚醒があったからでしょう。

また本名である本浦秀夫から「和賀英良」という新しい名前を得たのも決して偶然ではなく、「神人一体のプロセスと進化の過程のなかでの必然」であったような気がいたします。

■ 様式美の否定

話は変わりますが、古典であるクラッシック芸術には「様式美」があるとされています。このような評価が確定した音楽や芸術には独自の様式があり、その中に既に認知された「美」というものが存在します。ですから音楽家、あるいは芸術家を目指す人が、手っ取り早く評価を得るには、この「様式美」を獲得することが近道になります。ようするに「○○さんみたいで凄いですね」という誉め言葉に代表される偽りの賛辞です。そのように周囲の人に称賛され、少しでもお金になると、それを守り持続させようとして「様式美」の追及(コピー)が延々と始まります。

これでは過去の大家や、既存の業績を権威として認めてしまうことになり、例えるなら国という最強の権力に寄りかかり、フォロワーとなって給料をもらう公務員と同様でしょう。このような姿勢は体制反対のカウンターカルチャーや、時代の寵児としてのエポックメイカーである「ビートルズ」のようなロック音楽のイノベーターとは似て非なるものです。

そこには革新的なスタイルを創造しよう、といった気概はありません。つまり「様式美」という鎧(よろい)を着てしまっているのです。これは権威主義というドグマにつながる可能性があり、これらの現象は「様式美の奴隷」とも言えるでしょう。今日のジャズ音楽が形式的な演奏スタイルを反復することで衰退していっている事実とも関係があると思います。

私はこういった「様式美」に関与しないことで芸術家の立場を創ってまいりました。ですので、相手がたやすく理解できるような表現をあえてしない場合もございます。大衆に迎合し忖度しながら音楽の創作を長く続ければ、日本全体の音楽文化が衰退してしまう。そのような危惧を強く持っております。

そのため日本の音楽文化が単なるエンターテインメントになり下がらないようカウンターをあてるとともに、芸術のレジスタンスとも言うべき「コントラプンクト」の前衛的姿勢を今後とも保っていく所存でございます。

自らの芸術的な姿勢を知っていただきたい。その思いだけで書いております。こういった話をできる人も機会も人も獄中にはなく、自分はいま刑務所にて孤独であり、まったくの無力であることは重々承知しております

長々と熱く語ってしまい、誠に失礼いたしました。

※和賀が残した文字のようなメモ、あるいは図形譜面(部分)© Ryohei Imanishi

第21話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/n1af59117959f

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