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「和賀英良」獄中からの手紙(28)祓えのミッション

「あーとのーと」での告白

烏丸教授と和賀はいつもの東上野のゲイバー「あーとのーと」にいた。
そして初めて出会った時と同じカウンターで並んでワインを飲んでいた。

今日の店内は客が少なく閑散としていた。音楽もいつものようなモダンジャズではなく、ロバート・ジョンソンの重苦しい不吉な予感が漂うカントリーブルースが流れている。そのためか、いつもより店の照明が暗く感じる。

二人が飲むワインはいつも決まっていた。ブドウの品種であるカベルネ・ソーヴィニヨンで作られたフランスのボルドー産の赤ワインがお好みだった。

烏丸は今日の和賀がなんとなく暗い雰囲気で、イライラしていることに店に入る前から気が付いていた。

「英良、なにか話すことがあるでしょう、遠慮なく聞かせてもらうよ」

和賀はすこし躊躇したが、決心したように話し始めた。

「先生、長い間隠していたことがあって、すみません、今日はどうしても本当のことをお話ししようと思いました。実は自分は…子供の頃にいろいろと複雑な事情がありまして、本当の名前は和賀英良ではないのです」

烏丸は身じろぎもせず、ワイングラスを左手に持って正面を向いたまま話を聞いていた。

和賀は幼少期の放浪の旅から東京に出てくるまでのストーリーを手短に話し、いままで隠していたことを謝罪した。

烏丸は特に驚いたような素振りはなく言った。

「それは壮大な物語だね、今後の君の音楽に反映するといいね」

予想もしなかった反応に和賀は驚いた。
烏丸はカウンターに両肘をつき、ワイングラスを揺らしながら話を始めた。

「僕は女性が苦手だから……結婚もせず音楽に打ち込んできたけれど、君のような複雑な過去を持つ人には出会ったことがないですね。なんとなく興味もあって近づいたけれど、今はもう一心同体だと思っている、好きとか嫌いとかじゃない、ようするに同士というか、音楽を通じた戦友みたいなものだね、言いにくいことを僕に打ち明けてくれてありがとう」

そういって烏丸は少し笑った。

「先生、ありがとうございます。でも…もう少し話の続きを聞いてください」

店内の音楽は相変わらずロバート・ジョンソンのブルースが流れていた。その曲が「クロスロード」だとわかった和賀はそのシンクロニシティーに驚いた。そして自分がいま重要な岐路に立っていることを強く意識した。

和賀はその三木謙一という男が自分を探し当てていま東京に来ていること、そして金を返すよう迫られ、返さなければ過去の問題をすべて世間に暴露する、と脅されていることを話した。

烏丸はその話を聞きながら、大正時代に人気だった薩摩藩の男性同士の崇高な武士道と男色を描いた「しずのおだまき」の物語を思い出していた。

愛弟子であり恋人でもある英良のためなら命を捨てる覚悟もある。たとえそれが一般社会の倫理を超えていても。この状況を有耶無耶にすれば悔いが残るだろう。そしてこんな歌も頭に浮かんできた。

それは源義経が愛した白拍子の静御前が、鎌倉の能舞台で己の命を賭して、いまや敵将となった源頼朝と北条政子の前で高らかに歌い舞う姿。


「しずやしず しずのおだまき 繰り返し 昔を今になすよしもがな」
 
―静よ静よ、と繰り返し私の名を呼んでくださった義経さま。あの昔のような判官さまの時めく世の中にもう一度したいものですね―

「己の命に忖度はしない」

その場で切り殺されてもしょうがない状況でも、自分の気持ちを隠さずに歌いあげる。

これ以上の覚悟と美があるであろうか。

聞くところでは、タレントを目指す若者を合宿と称して自宅に宿泊させ、その寝こみを襲うような卑劣な手口で男色の欲望を遂げる芸能事務所社長がいる、と最近の芸能業界では陰で噂されている。

この者は欲望を満たしたいだけの単なる好色な輩であり、そこに日本の武士道や漢の美学は無い。ましてや自分の地位や命を賭してまで相手に尽くすなど考えもしないだろう。すなわちその輩は「しずのおだまき」をまず読むべき人間なのだ。

烏丸にとっては自分の義を試すひとつのチャンスと思われた。本当に命を賭しても成し遂げる決意が己にはあるのか?命を懸けても人を愛する勇気は己にあるのか、その命は音楽や芸術と共にあるべきだ。いまがその時ではないのか?

烏丸は意を決したようにワインをぐっと飲みほし、姿勢を正して和賀の目をまっすぐに見ながら言った。

「英良、僕にまかせなさい。必ず何とかします。後で田所先生に電話をしておくから、君も今夜遅くに先生に連絡して指示を仰いでください」

和賀は周囲に遠慮せず烏丸の唇にキスをした。二人の目には深い絆の輝きが宿っていた。

今夜の「あーとのーと」の店内はいつもの華やかさとは違って暗闇が店内の全てを支配しているかのようだった。音楽はいつのまにかジョン・コルトレーンのバラードに変わっていた。

和賀は烏丸の考えを確認するかのように言った。

「先生、それは……三木を消すということですね」

烏丸は和賀の目を見てしっかりとうなずいた。

三木へのアクションは「大祓使徒の使命である」と和賀は解釈した。
つまり、欲望という穢れをまとった三木謙一は、大いなる祓えのミッションによるサクリファイス、つまり人身供犠(じんしんくぎ)であり、崇高なる神への「生贄=いけにえ」なのだ。

久々に芽生えた「祓え」への衝動。突き動かされた己を鼓舞するように、和賀の心には得体のしれない高揚感とエネルギーが満ち溢れてきた。

東京都美術館裏/上野公園 © Ryohei Imanishi

第29話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/n4d0958eab01d

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