エレベーター(怖い話)
駅から知人と歩いて、知人のマンションに向かっていた。
宗教施設と墓地がある一角を横目に見ながら通り過ぎ、しかしいつも気味が悪いのはこの公園なんだよねと、何の変哲もない児童公園を指さした。知人の家が近くにあるというのに、失礼な話だと自分でも思う。それに根拠もない。おれに霊感はないのだ――ただ、平和にしか見えないはずのその公園がなぜか嫌だっただけだ。
そんなオカルトめいた話をしながら、知人のマンションに着き、エレベーターに乗り込んで停止階を指示し、扉閉のボタンを押した。しかしドアは閉まらない。おやっと思うまで数秒あった。その間を置いて、機械音声が「降りてください」と言う。
(降りてください……?)
「何これ」
「分からない」
「降りてくださいなんて聞いたことある?」
「ない」
「重量オーバーじゃないよな。二人だけだし」
「重量オーバーでも単にビープ音でしょ普通」
故障などエレベーターが運転しない状況があるなら、別の警告メッセージが用意されてあるんじゃないか。経験上、こんなメッセージは初めてだ。聞いたこともない。考えた末に、もっとも非科学的な状況説明を、おれは口にした――「本当に二人だけなら」警告音は鳴らない。でもさ……
「いま乗ってんのかな」
「……」
「つまり、ほかに」
エレベーターの函体いっぱいに、ぎゅうぎゅうに押し込まれた何か――その先を言いつのりそうになる前に、扉が閉まった。止まっていたBGMが流れ始める。
「……降りてくれた、ってこと?」
(了)
エレベーター内の機械音声によるアナウンスには、それまで聴いたことがなかった文言だっただけで、きっと「降りてください」という警告もあるのだろう――そんな結論にするしかない体験でした。いずれにしても重量オーバーではなく、その後はすぐ通常の運転動作に入ったので、あるいは一時的なセンサー感度の異常だったのかもしれない。いずれにせよ、現在まで問題の切り分けはできていません。
そして、これで私の「怪談」も終わりです。
書いてみて、読んでいただく以上どれも実話であるというエクスキューズは無効であるとして、やはり「怖がらせる」ひとつにしても文章は難しいなと感じた次第です。読んでいただいた皆様も同じことを思われたのではないでしょうか。私は「話すこと」を仕事のひとつにしておりますので、語り方ということについては多少思うところがあるわけですけれども、怪談という既に充分に「型」が定まった分野において、独自性を出すのはとても大変だと分かりました。それが分かっただけでも、書いてみてよかったのですが。
どれもまあ、粗はあるのですが、特に今回の「児童公園を出しておいてそれが本筋に関わらない」点など、全くよろしくなかったと思います。それをこそ言いたくて、あえてそのままにしましたが……不穏な空気の演出としても(それ以前に事実であるとしても)、多大な効果あってやっと、同情票をもらえるようなたぐいのことです。
これは推理小説で原則と言われるところの「チェーホフの銃」ですね。「作中で銃について描写されているなら、その銃は使用されなければならない」という原則でした。推理小説にとどまらず、全ての表現ジャンルにおいて、基本となる考え方だと思います。
それは「怪談」が、もともと不合理を含んで成立する/し得る(それぞれの出来事に因果関係を証明できないため)ジャンルであるという議論とは別に、ものを書く人が自戒しておかなければならないことかなと思います。
24時間のうちに3回も投稿してしまいましたが、多少なりお楽しみいただけましたでしょうか。そうであるならば幸甚です。感謝して、終わります。
