草冠結太さんに会いに出かけた日
12日の夜、草冠結太さんとおしゃべりしたくて、待ち合わせた。
どこがいいか思いを巡らせて、新橋にしてもらった。
おれ社交的だな最近。基本おうちから出ないのに。
場所は新橋のゲイ・ダイニング・バー、「FiLL TOKYO」(初)。
「FiLL TOKYO」はお酒や料理が楽しめる「単にゲイの人がやってるバル」的な感じで想像していたのだが、お客さんはゲイが多い印象で生物学的な女性は入れないらしい。こじんまりした店内はずっと満席。店主も忙しく調理中だったが、スタッフさんが「今日忙しくないと思ってシフト入れたんですけどこの状態で」と冗談を言える様子から「いい空気なんだろうなあ」と思った。お客さんたちもめいめい楽しんでいて大人である。「マスタードソースのチキンソテー」「ポテトサラダ」「ピクルス」を注文してビールで乾杯。全部とても美味しかった。
……ほんと、なぜ撮影しないのかね。おれは。
草冠結太さんはシスジェンダー男性(身体的性別と自認性別が一致している男性)だから、その点はおれやお店のお客さんたちと共通。ただし草冠さんは 異性愛者だ。その草冠さんと、自分さえどんな空気か分からないゲイバーで待ち合わせ、しかもお待たせするなんて全くよろしくない。しかし新橋に土地勘がないおれは初めての店になかなかたどり着けず、遅れて入店したのだった。我ながらひどい。ひどすぎる。
異常な酷暑こそやや落ち着いたものの、小雨がちらつくこの日はひどく蒸し暑かった。しかし草冠さんはビールも飲まずに待っていてくださってた。初対面のおれをすぐ見つけて声をかけ、お店のシステムまで説明し、そのすべてに全く嫌な顔ひとつせず……なんと大人なんだろうか。
紺のジャケットに白のカットソーを合わせ、撫でつけられた髪も涼やかで、落ち着いて知的な大人の顔と、茶目っ気があり人懐こい少年の顔がくるくると切り替わる。そんな人物の幅はお書きになる文章に明らかだが、実際にご本人を前にすると、その大層魅力的なこと。頼もしくありながら、なんともチャーミングなのだった。誰かを評して「苦労が見えない」と褒めれば、それは侮辱にもなるだろう。しかし草冠さんのさわやかな佇まいは、とても若いうちから人生を見つめて動じなくなった強さに発している。人のなかに自分を割り入れようとせず、しかしどんな集団にも無理なく馴染んで、泰然としてそこに居られる人だと分かった。こんな(希少な)人物との出会いに思うのは、いつも同じことだ。人は我が子に苦労を避けさせようとするが、力がある子はすべてを自信に変えていく。そして誰彼を包み込む穏やかな笑顔をもった大人になるのだと。
人生がそういうものだと知っていたら、親たちは日々の冒険に出かける小さな背中に微笑み、ただ祈りを込めて見送るだろう。
お目にかかるまで、気がかりなことがあった。
草冠さんは「多様性・公平性・包括性」の動きを注視し、自身の目で変化を見に行き、毎月末に密度の濃いレポートを note にアップしている。現代においては、その中心は性的少数者周辺のイシューになる。それをずっと続けている。シス₋ヘテロでありながら自らにそれを課す立場は、シス₋ゲイのおれが同じことをするより理解されにくいことは明らかだ。人々にとって、「RYOJI がそれをするのは分かる」が「むすっちゃんがそれをする理由」は分かりにくいものだ。そんな無理解におかれることをどう感じているのか、知りたかった。大変なこと、ないんだろうかと。
しかし結局、それを訊ねることもしなかった。たとえば自分の話として「おれ抑圧問題について書くときに、性的少数者を指して【当事者】としないんですよ」と話すそばから、その心を隅々まで理解できるような聡明さを前にしては、どんな疑問も立ち消える。そもそも行動の動機に疑義を立てることがおかしいのだ。もし草冠さんが何かするなら、それは社会に必要だからあり、草冠さんにも必要なことだからであり、そこに境界はない。ご本人を前にすれば、そのことがよく分かった。
性的少数者のアクションを追う理由について、彼が「社会がどんなものか自分の言葉で子どもに説明できる父親でいたいから」と語ったとして、そうでしょうねと納得するだけだ。それはそうだろうよなあ、と思うだけなのだ。
会った瞬間に、疑問は氷解してしまったのだ。お書きになった文章から感じていたことを、ただ確認しただけだ。答え合わせのためだけの時間。だから後はほとんどの時間を、飲んで食うことと、世間話と、居心地のよさを楽しむことに費やしたのだった。
分かっていたことは、もうひとつある。それは自分についての話だ。
どうして草冠さんにずっとお目にかかりたかったのか、なぜ文章に感じるのは安定感だけなのに「微妙な立場なのではないのか」と心配したのか、どんな方か自分の目で確かめたかったのか、――それは「おれが」自分の立ち位置に(草冠さんの立つところにではない)、「分かられにくさ」を感じて進退に悩んでいるからだ。そんなの、明らかじゃないか。
マイノリティとして社会的課題にエントリすることは悲願だった。それは先人たちがしてくれた。しかしひとたびマイノリティの顔をもてば、自分が発する言葉は「ゲイの」要請と見なされた。52歳の日本人男性としての経験/知見ではなく、社会に横たわる暴力への抵抗ではなく、まるで「膝の上で頭を撫でられたがったように」煙たがられる。
「ゲイとして」ではなく「この国で育ち日本国籍で大和民族で部落出身でもなくまあまあ健康でケンジョーで高齢者でもないシスジェンダー男性である」という、自分の「マジョリティとして」の感覚で物を言ったとしても、そうは受け止められない。そこのアイデンティティだって自分にとって非常に大切であるのに、他者目線では抜け落ちる。そこに、むずがっていた。
何を書こうが、どうせ他人がおれの書いたものに見るのは「支援を求めるゲイの泣き言」であって、共に手を携えて社会を作る仲間の意見じゃないんだろ? どーすりゃいいんだよ。ヨコシマだったら信じてくれたか? と言いたくなる衝動をいつも抱えている。それはゲイのなかに居てもそうだった。昔々ひとり発信を始めてからそんな数十年があった。丁度いまゲイだらけの空間に身を置いてさえ、外から眺めるような感覚が抜けない自分を思う。ごめんおれは多分、始まりがちがうんだよと思う。「ゲイだから」問題に気づいたのではなかった。「ほかの経験で社会に問題を感じつつ育って」ゲイに出会い、根っこが同じ苦しさをゲイに見て、何かせざるを得なかったのさ。
気づけば目は寂しさを探している。でも今夜は目の前に草冠さんがいた。問わず語りに「おれゲイだからゲイのことやってるんじゃない気がする」と言っても、ウンウンと頷いてくれるであろう人が。ロケーション的に狙ったわけではないのだが、シス₋ゲイだらけの店内で泰然として座っている草冠さんを見ると、落ち着いた。
おれが慰められたかったんだよな。ごめんね。
カウンターにいたお客さんと「もう帰っちゃうんですかー」「もう帰っちゃうんですよー、また来ますー」とお決まりみたいな会話をして、草冠さんと店を出る。雨が煙る新橋を一緒に歩いた。手を振り合って、別れた。
