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誰かの note をちょっと読む②

好きな人や記事を、読む。時々、ちょっと付き合ってもらえませんか。
うがった見方で、無断で勝手なこと書いてますけども。

RYOJI

「手の届かない問題」にする悪癖

 大学での講義中、私は学生たちに「難しい問題ですよねとまとめること」を禁止する。難しい問題なんてないし、「いたずらに問題を複雑化して解決の糸口を見失う」思考の癖に気づいてほしいからだ。「難しい問題ですね」と悩むポーズをすれば、いかにも問題の本質が理解できているように見せることはできるが、起きることは問題の棚上げなのだ。私はそんなことをさせるために語りに行くのではない。
 だから、こんな記事を書く人がうれしい。

RYOJI

 今日のテキストはこちら。

 そもそもこの話って遠因はさあ、と「思考の迷宮に遊び」、日常的に人々が直面している課題や社会の不備や不義を、誰も手が届かないもの/解決できないものにしてしまう人たちがいる。しかし当人は熟考したつもりでいるし、真理をひらいたつもりでいるのである。結局、街のゴミひとつも片付かないのだが、もう問題は更に100年でも人類が待たなければならないようなオオゴトにされてしまっている。石塚康志さんは人々を無行動(無限後退)に陥らせるそんな思考の代わりに、「今日できる具体的な一歩を」と提言する。


RYOJI あと出し

 「このレベルで賢いと大変だろうなあ」と思った。関わりをもちつつ「町づくり」を見つめ続けた人でしか書けない、「手が書いた」部分も「何度も読みたい」と思わせる。密度は高いのに抑制された文章もたいへんに好ましい。抑えるって「押さえる」だよねえ。読者からの反響ということとは別に「自分が完成原稿に感じる手応え」というものがあるが、それを確かに感じたことだろう。おれも頑張ろう……
 コメントしようかどうしようかと一瞬迷って、ただ「石塚さんは行動のための思索ですね」とだけ書いた。それで充分伝わるだろう、と思って。

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