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外苑西通り(東京・四谷)の思い出②

私が●年以上前に四谷に住んでいた頃の記録。

 

 「シュレッダー買ったんだよね」

 そう言うと、誰もが首を傾げた。気にしすぎなんじゃないの、と。
 「管理人さんがゴミをチェックするから」と説明しても反応は変わらなかった。しかし誰もが次の一言で絶句した。
 「全部詰め直すんだよ。開いて、別の袋に」

 分かってる。住民はゴミの分別で悩んだときにマイルールを適用してしまうものだ。しかし自治体は回収できるゴミと回収できないゴミについて厳格な基準を設けており、分別されていないゴミを決して回収しない。回収されなかったゴミは最終的に管理人がどうにかせざるを得なくなる。それならば先んじて分別してしまったほうがいい、というのがその管理人がたどり着いた結論だったのだ。住民側としては申し訳ないと思うべきであり、管理人の手をわずらわせないよう日々努めるべきだ。ほかに何があるだろう。

 問題は、彼女が管理人であると同時に処刑人だったことだ。

 正義を行なうことは難しい。不正に対して誰がどこまで罰を与えるべきだろうか。そのマンションに限った話ではないが、「エレベーターに自転車を乗せない」「通路等の共有スペースに自転車を置かない」ルールがあった。一部の住民はそれが守れず、自転車をエレベーターで八階まで運び、通路に停めていた。これは管理人にとって許しがたいことであった。彼女はいつも私に「ねえ、あの人、通路に自転車置いてるでしょ」と確認する。私は居住ルールに住民として従う立場ではあるが、他の住民についてルール違反を改めさせるまでの責任を負っていないと考えていた。そもそも密告者になりたくないし、隣人との関係を悪化させたくない。言質をとられて、その証言が何に/どう使われるのか安心できなかったのである。よくない態度かもしれないが、私は平穏に暮らしたいだけだった。
 管理人はそんな私の逡巡に弱さを見て、苛立ったのかもしれなかった。彼女はおそらく私への失望も重なり、住民に対して言うべきでないことを言った――「私ね、たまにあの自転車のタイヤに画鋲を刺して来るのよ」。

 私はその言葉に、心の内で震えた。犯罪者はあんたや。明らかにその管理人は業務の範疇を超えて住民に私的制裁を加えており、やっていることは器物損壊だった。それを私に聴かせる必要もなかったはずだ。私は表面上は平静を装いつつ――つまり彼女の異常性に気づいてませんよという顔をしつつ、ひたすら「引っ越してえ」と思っていた。そして、即座にシュレッダーを買ったのだ。

 「彼女は今日も住民のゴミを全部開くんだ。そしてひとつひとつチェックして、分別し直し、とてもとても小さな一袋にまとめるんだよ。ギュウギュウに詰め込まれてはちきれそうになったあの袋、お前にも見せてやりたいよ」
 「だ、だから何だよ。それは管理人が思う自分の仕事なんだろ」
 画鋲の話で青ざめた友人は、それでも世界は正常に回転しているという幻想にすがっている。笑える。じゃあここに住めるのか?

 「お前さ。オナニーするだろ。ティッシュどうしてる」
 「何でそんなこと聞くんだよっ」
 「まあいいじゃん。それで、どうしてる?」
 「……普通に捨ててるよ。当たり前だろ」
 「ティッシュに包んだザーメンのさ、精子って何日生きてると思う?」
 「知らないよ! さっきから何の話だよ」
 私は薄く笑い、友人の耳元で言う。
 「いっ・しゅう・かん」
 「ッ……!」
 声にならない声をあげ、友人は帰ってしまった。ふん。弱虫め。軟弱者にセフレは務まらぬ。

 逃げろ逃げろ。おれだってそうしたいんだ。


 ※ 精子の生存期間について文中に示された説の正確性について、当方は保証できません。事実はもっとちゃんとした人に確認してください。
 スキスキスキスキスキッスキ、一・週・間♪

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