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環状線の夕闇(怖い話)

自転車を走らせていて、前からベビーバギーが来るのに気づいた。
大人が4人、身を寄せ合ってバギーを押している。
赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
その、妙に平坦で規則的すぎる
「ぎゃーあ、ぎゃーあ、ぎゃーあ、ぎゃーあ」
という泣き声に、何となしの違和感を覚えた。

コイツらどんな関係だ? 
大人たち4人はベビーバギーの真後ろにふたり、その後ろにふたり、
肩と肩が触れているくらいに隙間なく身を寄せ合っている。
その、バギーとひとつの塊になったシルエットが夕闇に浮かんでた。
バギーは二人で押すものじゃない。後ろの二人もなぜ密着してる?
泣く赤ん坊をあやすでもなく、互いに会話もなく、……

(……葬列?)

何故か分からない、でも「見てはいけない」と思った――いやちがう、
「こちらに彼らが見えていると悟られてはならない」と感じた。

見たくない。ぜったい見たくない。

私の自転車と、そのバギーがすれ違う。
理由もなくホッとしたその瞬間、ピタリと泣き声がやんだ。
「あ」

自転車の前カゴを見ると、赤ん坊がよじ登って来ていた。
私の目を覗き込んでいる。

「ベビーバギー」

最後のの2行は創作なので安心して下さい。大丈夫大丈夫。

実際には、自分には霊感がない。ゼロ感、というやつだから大丈夫。
怖かった経験ってこれを含めて4回しかないし。大丈夫。
そのうち1回は散歩させてた子犬が霊園の入り口でピタリと動かなくなり、
頑として入るまいとしたことだし。暴れん坊が、もう目を逸らしまくりで。
でも成犬になったら平気で無縁仏様の墓石におしっこかけてたんですがね。平謝りしたなあ。「バカですが可愛いので許してやって下さい」って。
ほら大丈夫。残り2話だよ。

怖い話は郷愁を呼び起こす。まあそういうもんなんだけど。

小学校からの帰り道、よく友達に即興で「怖い話」を披露していた。
雀荘のクニヒロ君はいつも真剣に「怖えー」と聴いてくれていた。
今さらクニヒロ君にお礼を言いたくなる。
あの日々で、語る楽しさを教えてもらったんだし
いつだって真剣に話を聴いてくれる人の得がたさを思うから。

まあその後、おれは実体験しか話せなくなっちゃったんだけどね。
イマジネーションはどこへ行ったのかねえ。ああ、そういう話じゃないか。
経験しちゃうとさ、作れなくなるんだよね、単に。

ところでベビーバギーの話に戻るけど。
何であなたは「彼らには顔がなかったように」感じたの?
アレは想像しただけでもダメなやつなのになあ。

まあ、ねえ。またおいでよ。

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