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途切れてカビが生えた記憶

 20年前のVHSテープをデジタル化しておこうと挑戦したら、テープが切れた。経年劣化に加えて、カビていたのだろう。プロに任せようと、遅まきながら業者を探した。約ひと月を待って、「内容がアダルトなので規定により作業できません」というお返事が来た。それ企画したのおれなんすけど。アダルト……?

 アダルトビデオじゃない。性行為感染症の予防啓発活動で、ゲイ向けのバーや性風俗店で流せるように作ったメッセージ映像だ。当時先進的な国々と比較して日本のゲイが置かれた環境は良いとは言えなかった。エイズが流行する前からゲイのための情報拠点があった国では、そこで予防活動を展開できた。既に街なかにあったゲイ・センター(シェルターであり公民館であり相談窓口でもあるようなもの)を活かして情報提供することができたのだ。立ち遅れた日本はそんなものがなかった。だから民間の商業施設を、バーや性風俗に類する店を、情報拠点化する作戦を考えた。全国の店に協力を仰ぎ、店内に掲示するポスターとVHSテープを送った。ヌードはあるし性行為イメージも表現されているが、それはあくまでも「場の空気を壊さないための」必要な工夫だった。でも内容はセーファーセックスの啓発だ。
 (アダルトビデオ……思いもしなかったな……)

 おれには思い出だ。全て経緯を説明し、どうにかなりませんかと頼み込んでみたが、先方の「これはアダルトビデオである」という判断は揺るがなかった。VHSテープは送り返されてくるという。仕方ない。心を込めて丁寧に礼を言った。実際に、こちらとしてはむしろ恐縮していたくらい、非常に感謝していた。再生したということは「カビを取り、切れたテープをつないだ」と分かっていたからだ。ズブの素人に手に負えないのはその段階の作業なのだ。カビを取り除くのは大仕事だし、切れたテープをつなぐには専用のキットが必要だ。その後の作業なら、自分でやれる。パソコンに取り込み編集し、エンコードすればよい。感謝以外なかった。

 その映像を観たのは、本当に久しぶりだった。

 私物だったブラッドオレンジ色のシャツ、これ織が凝ってて高かったんだよな。撮影後には着てくれたモデルさんにあげた。スタジオを借りて、モデルをお願いして、カメラマン頼んで、衣装を用意して、撮影に立ち会って。
 編集から上がって来たVHSをデッキに入れると、白ホリゾントの世界に、Crystal Kay の「Boyfriend part II」のイントロが流れ出し、おおー、と声が出た。配布時に楽曲は入れられないのだが、試写会用に編集さんが仕掛けていたのだった。出会い頭に生まれた恋はアイコンタクトだけで走り出す。言葉なんかなくて、互いが誰かを確かめるには他にないみたいに相手の服を脱がせ、肌を合わせる。何度も焚かれるスチル撮影用のストロボに照らし出される、名前もないまま別れて行く恋人たち。ありふれてありきたりなおれたちの、すぐ忘れるために思い出すような優しさ。何をしてる人? 連絡していい? また会えるのかな ……問うことがマナー違反のような、思いを飲み込むことがスマートであるかのような、敷かれた禁止。愛しさが伝わってしまう前に、腕の力を緩める。あと一回キスしたら、きっと言っちゃいけない思いを伝えてしまうだろう。そんな、無言のまま別れて行くふたりを描いた短い映像だった。

 付き合うとか結婚するとか、特別なことだった。夢、みたいな。名乗り合うことすら難しかった。でもあれだけが自分たちに許された恋だったのだとしたら、そんな出会いで自分がどんな顔をしているかが問われていたのだ。あれが自分だったのだ。互いにとって自分がすぐ消える温もりに過ぎないとしても。そうだろう?
 おれはゲイに愛してると言いたかったのだ。愛する、と。どう伝えたところで押し付けがましい気持ちなのだが。

 涙ぐんだりは全然しなかった。目は乾いていた。当時の大変さと後の挫折が浮かび、手がけた成果物としてそこまで愛せない。コミュニティ活動を離れなければならなくなった時には愛着も手放した。でも記憶は甦る。もう何十年も前なのに、あの撮影の日の風景が再現される。あの日は、人生のよき日だった。


記事をご紹介いただきました

 小野 光一 様、ありがとうございました。




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