GODIVA 2026
またバレンタイン・デーが来る。私は同性パートナー氏のために例年デパートでチョコを選び、購入している。店はゴディバと決めている。
なぜネットで買わないのかというと、デパートでバレンタインのチョコを選ぶという行為そのものが、地方の性的少数者には困難だからだ。人目を気にしなくてよい都会のゲイこそ、実店舗で買うべきだと考えている。ゲイが顧客であることの可視化が企業の姿勢を正し、それが地方にも広がる。
ゴディバで買う理由は、「他の店では嫌な思いをしたから」だ。
ゴディバでは「嫌な思いをしたことがない」のだ。
・どれがバレンタイン向けの商品か質問する
・パートナーが苦手なフレーバーが入っていないか相談する
・バレンタインらしいパッケージの商品とバレンタイン専用の袋を購入する
というプロセスにおいて、ゴディバのスタッフは「呼吸」「視線」などの身体的反応でゲイ客である私に違和感を感じさせない。それら非言語的な反応を完全に抑制することは難しく、言葉にするとアレだが「ゲイも客である」という社内教育が徹底されているとしか考えられない。今年は二日がかりで商品を選んでいて、別日なので対応してくれたスタッフは異なるのだが、どちらの日のスタッフも非常に感じがよかった。「去年は四谷だったから今年は池袋で」というように別店舗をいくつか回っても、対応は変わらない。
レズビアンが同じことをしても効果は出ない。バレンタインという機会に良い循環を作ることは「都会で暮らすゲイにしかできない」。ゲイこそバレンタインデーに実店舗でチョコレートを買うべきなのだ。現在フリーなら、自分のためでも良くないか。
とはいえ、今年は少し気分が沈みがちなのだが。
先の地方裁判所における判決で同性婚を認めないことを合憲としたものがあり、長年のパートナーに「おれたちが結婚できることはないと思う。間に合わない」と言ったからだった。宣告した、その傷がなかなか癒えない。
あの日、彼は何と答えたか。
「俺もそう思ってたよ」と言ったのだ。
いずれ制度に引き離される運命が、互いの了解事項になった。
しかし日記にも書いたその言葉には、実は続きがあった。
「同性婚が法制化しても俺たちの課題は残っているしな」と言ったのだ。
「おれたちの課題」。
それはこの社会で抑圧された「全ての」人の痛みを意味していた。
もしゲイの復権が実現しても俺たち満足しないだろ、と鼓舞されたのだ。
これは長旅なんだからしっかりしろと諭されたのだ。
その通りだ。いや全く。
(そんなあなただから愛した)と思う。
―—You’re My Man. ありがとう。
過去記事(2024/2025)。
