俺にとっての"じいちゃん"
俺にはじいちゃんが2人いて、親父の方はじいちゃんって呼んで、母親の方はじぃじって呼んでた!親父の方のじいちゃんは俺が小学校にあがるぐらいで亡くなってしまったんだけど、小さい頃よくじいちゃんの布団にもぐりこんだのを今でも覚えてる。
理由はよくわからないけど、多分会いに行くと大体寝てたからだと思うwじいちゃんのそばにいるとなんか安心できたんだよね。
あの布団の匂い、部屋の明るさ、静かな時間——全部が心地よかった。
親からの思い出話がほとんどだけど、一緒にバス停まで散歩をしてそこのベンチで休憩してたらしいw
写真は残っていないけれど、その温もりは今も心の中に残っている。
じいちゃんは大きな家を持っていて、今思えば家族を支える存在だった。
そのお陰で親父はタダで家に住めてそこで事業も出来たし、親父の兄ちゃんも2回程事業に失敗して"何億"との負債になったけど今でも生きて楽しく生活出来てるし今思うとじいちゃんスゲーって思う。
その姿は小さな自分にとって頼もしく、少し憧れのような気持ちもあった。
家族の中で静かに中心にいるような人で、
言葉よりも背中で語るタイプだったから話した記憶が無いけど好きなと思う!
一方で、じぃじは白い犬と一緒に横浜で暮らしていた。
その家に遊びに行くと、犬が尻尾を振って迎えてくれてじぃじが犬の頭を優しく撫でている姿を見ているだけで、なんだか温かい空気が流れていた。
あの時間は短かったけど、不思議と今でもよく思い出す。
親父の方のじいちゃんとは違って家も古いし、お金もそんな持ってる感じでもないけど沢山喋ったのを今でも覚えてる。
毎回言う言葉で俺が好きなのが"亮那ね"って何かを伝える時に必ず言ってたあの言葉と声が
ずーっと心に残ってる!
じぃじの家の前に床屋💈があってそこにも毎回遊びに行って、じぃじの家と💈を何時間も行ったり来たりして遊んでたw
小学生になると親が薬局の事業したりハイヤーしたりで共働きになったから店をやっていた家にじぃじがよく面倒見に来てくれた。
家がT時の突き当たりにあって俺の部屋の窓からいつも遠くから歩いてくるじぃじを見て待ってて窓の外に姿を見つけると、うれしくて思わず声をあげて迎えに行ってた^_^
あの瞬間の胸の高鳴りは、今でも覚えている。
じいちゃんが作ってくれた浅漬けと味噌汁の味、
それが自分にとっての「家庭の味」だった。
めっちゃ美味しい!!母が真似して作ってくれるけど、やっぱり少しだけ違う。
あの頃はよく会っててじぃじのお陰で楽しく過ごせた。
一回だけじぃじの財布からお金を撮った事があって始めてウソをついて怒られた、、、、ごめん🙏
それ以外は怒られた記憶は無く遊び相手として接してくれてたな!
中学に入る頃、周りとの違いに戸惑うこともあったけれど、
じいちゃんや親戚と過ごす時間だけは落ち着けた。
人と深く関わるのが得意じゃない自分を、
無理に変えようとしない人たちがそこにいた。
だからこそ、あの時間が今でも心の支えになっている。
18歳ぐらいになって仕事が忙しくなり、じいちゃんと会うのは年に一度くらいになった。
それでも会えば、変わらない笑顔で迎えてくれた。
その後前の奥さんと出会うことになってじぃじとの接し方、会う頻度とかも変わっていったんだ。
続く、、、、
