「い草農家の実質時給120円」"眠れる九州" の未来 ─ 九州畳サミット2026 レポート

2026 年 5 月「畳・いぐさサミット」が熊本県八代市で開催されると聞いて、気になって仕方なく「日本の守るべき産業」の勉強にと、こっそり 1 人で参加をさせていただいた。会場は小さなホテルの宴会場で、登壇者と聴衆を合わせて 100 名ほど。僕たち九州の事業者は、世界に向かってどこへ向かうべきか。もう一度、九州という単位で考え直したくなった 1 日になった。
時給 ¥120 の現実

この「九州TATAMI SUMMIT」は、本来、僕のような無関係な人間が入ることのない業界の年次会合で、全国のい草農家、畳店、流通事業者らの情報交換や慰労の会だった。そこに「ONE KYUSHU 」元・実行委員長の村岡浩司さんらによって間口が開かれ、行政、大学、デザイナー、そして最近ではメディアや、僕のような業界外の人間も、業界の皆様との繋がりをいただけるようになって第 4 回目を迎えている。
テーマは「ONE KYUSHU で考える畳の未来」。国内畳市場は年間 800 万畳。そのうち国産(ほぼ熊本県八代での生産)が 100 万畳あまり(12%)で、中国(海外)産が 600 万畳(75%)、樹脂・和紙の代替素材が 100 万畳。すでに中国産に後塵を拝する。結果「本来、国産の畳 1 枚は ¥4,700 出ないとダメ」だが、現実は ¥2,700 での販売。この差分は、農家の労働時間に張りついている。い草農家の実質時給が約 ¥120 になる、というのはこの差の帰結だ。他の日本の伝統産業と比べても例に漏れず、「持続可能性の危機」がリアルに訪れてきている。
い草農家戸数:1972 年に 10,000 戸あったものが、2024 年には 266 戸(▲97%)(農林水産省 特定作物統計)国内畳生産量:1996 年 2,690 万枚 → 2024 年 140 万枚(▲95%)(The Japan Times 2025-12-30)
「畳」=日本。「和室」=「畳」なのに、僕たち日本人は、そういえばその畳がどこで、誰によって、どんな労働時間で作られているかを、ほぼ知らない。とりわけ九州に生まれ育ったにもかかわらず、僕たちは桃鉄で地理を学び、いぐさ農家をゲームで買収したりして楽しむ以外に、未来を見る機会はなかった。気付かぬうちに、未来の「畳」は産業として日本から失われているのかもしれない、という現実を目の当たりにする。畳サミットでまず突きつけられる、その厳しい現実。目の前にいらっしゃる皆様が、この現実と日々戦っていらっしゃる。まずはその日常に、心から敬服し、感謝の気持ちでいっぱいになった。

畳ビジネスが、生まれ変わるヒント
一方で、黙って消えゆく「和」を見過ごすわけにはいかない。そして、これがまた面白い。「種」から芽が伸びつつあるのだ。Verified Market Reports によると、世界の畳市場は 2024 年 $1.2B → 2033 年 $2.1B、CAGR 7.3% で成長中で、北米 25%、欧州 20% と欧米で「茶室」「和室」への関心が一気に伸びてきている。世界の高級ホスピタリティと建築・デザイン業界の中で、注目が集まっているのだ。The Japan Times(2025 年 12 月)は「国内で行き場を失った畳メーカーが、海外顧客に新たな市場を見出している」と報じた。スウェーデンの起業家 Anton Wormann は、日本の古民家を再生するために、定期的に畳店から畳を購入しているという。Dior は 2018 年春コレクションで、壁面装飾にい草を採用した。国内住宅市場の中から、世界のウェルネス市場と建築・デザイン業界の中へ、評価される場所が静かに移動しつつある。
そして、その動きに、日本側から呼応する事業者も現れている。140 年の歴史を持つ イケヒコ・コーポレーション(福岡県大木町、猪口 耕成 代表取締役社長)は、ピソコモド事業部から新しい挑戦「PIXEL WEAVE」を打ち出した。畳表とアートを掛け合わせ、伝統素材の可能性を世界の視覚言語に翻訳する試みだ。"Where Mona Lisa Meets Tatami" - PIXEL WEAVE:140 年の伝統を持つイケヒコ・コーポレーションが、アーティストと組んで、畳の新たな可能性を開くべく新しい挑戦に取り組んでいる。
畳は、子ども達の「睡眠・学習・集中力を上げる」科学的実証

さらに、Sleep Tech(睡眠の改善を目指したテクノロジー市場)が今、世界で年率 7% で伸びる市場と言われているが、畳業界がここに入っていく可能性も、畳サミットで示された。これまでの「畳」という日常の素材を、「特別に意味がある」と求められる消費財へ移行するチャンスが生まれつつある。
登壇者のお一人だった白水 高広さん(うなぎの寝床・創業者顧問)は、午後のメインセッションで「地域文化の継承を『保存運動』ではなく、事業として現在に翻訳する」という発想が必要だ、と話された。「畳」そのものの「バリュー」の判断軸を移し替えていく作業を通じて、過去の文脈から未来へ向かって何をすべきかを逆算する必要がある。
10 年前まで、抹茶も「日本の "茶道" で使われるニッチな粉末」でしかなかった。それが、世界中のカフェで、コーヒーの代替として、しかも単価がエスプレッソより高い形で並ぶようになるまでに、10 年もかかっていない。ウェルネス文脈、サステナビリティ文脈、ミニマリズム文脈、Instagram の視覚文脈、サードウェーブ・コーヒー文化との並列文脈——「抹茶」というカテゴリ名のまま、世界が日本の素材として評価できる文脈が、複数の経路から同時に立ち上がった。こうして 1 つのプロダクトが多層的に立ち上がったとき、日本の生産者は「素材としての価値の天井」が一段持ち上がっていくことに気づく。畳、この「10 年前の抹茶」に近しい市場の「余白」があるように感じるのは、僕だけだろうか?(違うと思われる方は、ぜひコメントで教えてください。読み違えているのは僕かもしれない。)
次世代の "横のつながり" は、すでに動き始めている
八代の若手い草農家・溝口 忍さん (@igusa_shinobu) の畑からのリール。日々の現場から、確かに、次の世代が動き始めている。
国内市場がここから立ち上げるのが難しい中、北米と欧州のウェルネス市場・ホスピタリティ業界・建築デザイン業界が「Japanese aesthetic」の素材を求めて、畳の進出を待っている。では、今から何ができるのか。交流会の中で、さまざまな生産者の皆様が、優しく教えてくださった。
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