世界を自由に旅する“デジタルノマド”が集まる祭典の「異変」[連載]自由と監視のAI(あいだ)で、どう生きるか #03

先進国の理不尽な税金と、新興国の理に適ったオファー
日本をはじめ、多くの国では教育、社会保障、公衆衛生、治安、自然保護など、あらゆる理由をもって、国民は政府から「税金」の支払い義務を課せられている。増税に苦しむのは決して日本人だけではない。「税制の優遇」を目当てに、自国を離れて他国に住民票を移したり、会社を作ったりすることで「お得」に暮らそうとする“賢人”が現れてくるのは、自然な成り行きだろう。税金からの自由と、徴税のための監視。政府と個人のイタチごっこは、世界に広がっている。

マレーシアでは、中国の不動産事業者が開発した巨大なマンション群が廃墟のまま残っている。そんなニュースを聞いたことがある人もいるかもしれない。ジョホール州の人工島に築かれた「フォレスト・シティ」だ。その"ゴーストタウン"に今、IT事業者たちが常時300人ほど集まりはじめている。この島は2024年に金融特区に指定され、対象事業の法人税率はなんと0〜5%。アジアの事業者を中心に、マレーシアに事業拠点を移し、ここからITサービスの展開を行う。マレーシアの会社として、例えば日本やアメリカにサービスを売る。仮に利益が1,000万円あった場合、日本の中小企業なら実効ベースでおよそ250万円の法人税がかかるが、この島の優遇対象なら5%、つまり50万円。ざっくり200万円の差が生まれる。ドバイが、砂漠の中心で連日45度を超える過酷な気候ながら、ここ数年で大きく栄えていくのも、こうした国際税制の優遇施策がその人気を牽引しているからだ。
こうした動きは当然、アジアだけではなくヨーロッパでも各所で生まれている。デジタルノマドの世界最大級の祭典と言われるBansko Nomad Festに、僕は4年連続で参加してきた。バンスコという街は、日本でいえば白馬(長野)や立山(富山)に似た、ピリン山脈の麓にある自然豊かな村。人口7,000人ほどの町に、スキーリゾート地として年間36万人を超える観光客が訪れる(2023年実績。宿泊数にして113万泊)。ヨーロッパ出身のデジタルノマドたちがバンスコのノマドフェスを訪れる理由は、夏の過ごしやすい気候(ヨーロッパの街が40度を超える日も、バンスコは26度だった)を求めた避暑だけではない。「不動産への投資」と「税制優遇」を求めた事業所の設置だ。この4年で、バンスコでアパートを買った、そこに主な拠点を置くことにした、オフィスをブルガリアに置くことにした。こうした声をあげるデジタルノマドが一気に増えた(あくまで肌感覚だけど。これについて確かなデータはないけど)。

Bansko Nomad Festは2020年にスタートし、今年で7回目を迎える。転機は2023年。祭典の発起人であるCoworking Banskoのオーナーから、参加者だったスイス人とオランダ人の2名がCoworking Banskoを買収した。これに伴って、Bansko Nomad Fest自体の運営も彼らの手に渡った。他の参加者にも声をかけ、2024年からは7人のオーナーによって運営体制が刷新されている。毎年新しい不動産の購入と運営が始まり、彼らは「住民」から「開発者」、そして「不動産事業者」へと立場を変えながら、このバンスコの地にデジタルノマドの楽園をつくり出していると言える。
コミュニティ vs マネーゲーム
一人で自分の働く場所を「選べる」権利は、時に「孤独」を生む装置にもなり得ると言われる。ヨーロッパの地理に疎い僕からすれば、ブルガリア、バンスコがどこにあるかなど地図で指せるはずもない。そこにアジア人がひとり訪れたとて、誰が僕に話しかけてくれようか。
ヨーロッパやアメリカを観光で訪れたときにも感じる、「アジア人は強くなければならない」という、あの感覚はデジタルノマドのコミュニティにもある。アジア人として距離を置かれる感じ。逆に言うと自分で距離を「置きにいくこと」もある。欧米の「ノリ」についていけず、疲弊するから、無理しない。バンスコ1年目、2年目くらいまでは、英語もカタコトの見知らぬアジアの初老(わし)に話しかけてくれるのはアジア系の方ばかりだった記憶がある。開催後の公式写真をみても、アジア人が写った写真は少ない(ように見える、という偏見を少なからず持っていた)。

僕自身がスピーカーになり、オーナーが代わり(増え)、その新しいオーナーの多くが奇しくも日本やアジアのファンになってから、風向きは変わった感じがする。こうやって1人で黙々と、40カ国・800人超が集まるブルガリアの山あいのフェスに、少しずつ日本人の居心地を作ってきたつもりでいる。今回の20人に日本人参加者が、心からBansko Nomad Festを楽しんでくれていたら嬉しい限りだ。
そんな僕の自画自賛は、果たして真実ではないかもしれない。バンスコでは同時にマネーゲームが始まってもいる。600万円台からマンションが1部屋買えて、利回りは5%からと言うから、それはみんな気にはなる。コワーキングスペースが会員(元会員)向けの"同窓会"として始まったフェスは、今や「不動産投資家」たちの集まりとしての役目を伸ばしつつある。
ちなみに、マネーゲームを堂々とやっても恥ずかしくない場所でもある。なぜならバンスコーは、ドバイでも香港でもない、人口7,000人の東欧の山奥だからだ。空き家問題は決して日本だけのものではなかった。もはや「地方創生」の一つの形がここにあるとも言える。
アジア人の僕が、疎外感を覚えるコミュニティだった頃と違って、歓迎されるようになったのは、僕が4年間通ってきたおかげではなく「マネーゲームの参加者」として誰だろうと不動産を買えばお客様となっている面もあるのかもしれない。マネーゲームが割り込むコミュニティの変容は、ここ数年、Bansko Nomad Festのあり方を大きく変えてきているように感じている。
その土地をデジタルノマドとして訪れる「理由」のつくりかた

アジア人だろうが「不動産を買う人」として歓迎されるようになった(ような気がする)ここ、バンスコで、僕たちは届けた「生きがい」という言葉、「抹茶」という言葉、あるいは「余白」という言葉は、どのセッションも立ち見が出るほどの人気ぶりだった。
デジタルノマドたちが「行き先」を決めるのは、「居心地の良いコミュニティ」か、それとも「お得に生きるための賢さ」なのか。福岡は、そして日本は、何を手札に、海外の「超付加価値」インバウンドを呼び続けられるのか。考えさせられる旅となった。
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