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当たり前が変わる時代を生きる - 「顔」や「対面」について考えてみる

何が残って何がなくなるのかを考える日々が続いています。
Withコロナ時代が続きそうで、当たり前が大きく変わる時代に生きているような気がしています。

以前に藤原和博さんの動画で、今が喪服は黒が当たり前になっているけれども、昔は白を着ていたという話がありました。海外とのやりとりが増え、国際的に黒が多かったという事情や、第二次世界大戦後で喪服の出番が多くて白だと汚れてしまうという社会事情によって、黒が主流になっていったということでした。当時は当たり前だったことも、社会事情によって大きく変わった一つの事例かと思います。

写真を撮る目的

別の話で、以前にタイに駐在されていたカメラ関係の方がお話されていました。

「昔は写真を撮る目的は印刷するためだった。今は携帯のSNSでシェアするために撮る人が多い。インターネットスピードを考えて、送信できる重さの写真を取れるように設計する。」

技術的にはもっと高度なことができるかもしれないけれども、送信できないとユーザーからの不満になってしまうので、インターネットのデータ送信スピードを考えて、シャアできる状態の写真を撮れるように設計するとのことでした。「印刷するのが当たり前」という文化が大きく変わった事例のような気がしています。

「顔」や「対面」は今後どうなるのか

ふと「顔を出す」ということの今後について考えてみました。答えは持っていませんし、考えている途中のようなものです。

日本だけでなく、アジアは歴史的にも「顔」を大事にする文化だとよく聞きます。美意識に関する論文で、整形をする体の部位の国際比較という面白い論文を読んだことがありますが、西欧は体型に関する整形が多いのに対して、アジアは圧倒的に顔に関する整形が多いということでした。

お隣の中国の文化で面子 (Ming Zi)というものがあるかと思います。日本語でも「面子を守る」「面子を立てる」「面子を保つ」「面子を潰す」など顔に関しては多くの表現があります。中国では面子を守るために代わりに謝りに行く「謝罪代行ビジネス」が流行っていたと聞いたことがあります。もはや英語のCambridge Dictionary にも ”save face" や "lose face"はイディオムとして普通に出てきます。英語という言葉も、ノンネイティブの使用者が増えてきたという時代に応じて変化してきた一つの事例のような気がしています。

顔を大事にしてきた日本で、以前は「顔も出さないのか。」と言われた文化が、今では「なぜそんなに無理して会おうとするのか。電話かZoomでいいでしょ。」というところにシフトしている気がします。昔の当たり前が大きく変化している一つの事例ではないでしょうか。

今後もそう簡単に顔が出せない社会が続きそうです。そもそもオフィスに人がいないので、「飛び込み営業」はもはやできない状態ではないかと思います。首都圏でもオフィスに個人デスクをなくすことを検討している企業もあるようで、長期化するにつれてどうやらこの文化や考え方、仕組みが変わりそうな気がしています。

最後に

冒頭で書いた通りで「顔を出す」ことの今後について答えは持っていないのですが、対面で会う目的と価値の再考が進んでいることはなんとなく感じています。それはZoomではできなくて、対面であることのメリットが何で、対面であることで出したい価値が何かを知っていくことのような気がしています。もしかすると対面であることのスペシャル感はより一層高まっているのかもしれません。先週私が久しぶりにオフィスに行った時に気づいたことについては以下共有させていただいています。

「顔を出す」という言葉自体が残るのか、今後どう使われて行くかも含めて引き続き考えていきたいと思います。

*実は今日は起きたら3時で、さすがに早すぎて二度寝してしまい、起きたら6時だったので急いでしまった部分があって恐縮ですが、参考になれば幸いです。

今日のタイ語
・นอน: 体を横にする (ノーン)
・หลับ: 眠る(làp)

今日も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

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