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「男の子でエレクトーン?」 - 無理せず共に歩くという継続: 18歳まで続けたエレクトーンの経験から

私は3歳から18歳までエレクトーンを習っていました。

小さい頃から始めた習い事にしては、
15年というのは比較的長く続いた方ではないかと勝手に思っています。

今までの自分のnoteを振り返ってみて、
多く読んでいただいている記事の共通ワードで、

「継続」

があるような気がしました。

おそらくnoteという場で、継続や良い習慣を実践されている方が多いのかもしれません。

今日は私が過去に継続していたエレクトーンから、

継続に関して苦労した点、
乗り越えるために必要な要素、
経験からの学び、

を振り返ってみました。

1. 「男の子なのにエレクトーン?」

15年の継続の中での最大の強敵は、この質問だったように思っています。

小学生低学年であれば、男の子でピアノやエレクトーンを習っている子もいると思いますが、高学年になるにつれて男の子の数は減っていきました。学校でも当時は「男なのにピアノやっているのか?」という風潮はあったように思います。中学受験も経験したので、塾との両立は課題でしたが、むしろ全くプレッシャーのないエレクトーンは息抜きで楽しかったように思います。

中学生になっても続けていた人は、本当の少数派ではないかと思います。小学校卒業のタイミングというのが一つあると思いますが、中学校では部活動が始まるので、部活動と音楽の両立が難しくなって辞めてしまう人もいるようでした。

私の場合は中高一貫の男子校に入学し、バスケ部で高校では人数は少なかったですが一応キャプテンでした。週に一回エレクトーンの習い事に行くというのは、当時の風潮を考えると、無理やり少数派に生きる感じでした。辞めてしまった方が、周りからの「なんで男なのに」攻撃や「本気で部活やっているのか」攻撃を受けないので、圧倒的に楽だったかと思います。

中学2年生ぐらいには、もう「なんで男なのに」攻撃に慣れていたので、言われれば言われるほど意地でも続けたくなりました。ある日、音楽の時間にでエレクトーンを習っているクラスメートに遭遇しました。この時は本当に嬉しかったです。同じような体験をしていたようでしたが、彼も全く気にせずむしろ音楽部という部活に入って楽しくやっていました。コロナ前ではよくジャズバーで演奏をしていたようです。

他の人がしてないことを継続することで、他の人との違いを作ろうとしていた部分や、いつか特技になるといいな、という思いもあったかもしれません。

乗り越えるために必要な要素・学び
    ✅  周りからのサポート:親、先生、友達
    ✅  継続する仲間
    ✅  継続していることに対する誇り・自信
    ✅  楽しむ

2. 練習の大変さ 

親に勧められてスタートしたエレクトーンも、最初の頃の練習は大変でした。特に小学校低学年ぐらいが一番大変で、なかなか上手くいかなくて、悔しくて泣きながら練習していました。楽譜の読み方、指が思うように動かなかったり、右手、左手、左足 (*エレクトーンは足の鍵盤もあります)がうまく動かせなかったりということがありました。

続けているとだんだん慣れてきて、小学校後半くらいからは泣きながら練習することはなくなりました。練習の時間を取る工夫は必要でしたが、練習自体は楽しくなり、難しい曲に挑戦したり、グレード試験を受けたりということも挑戦してきました。

乗り越えるために必要な要素・学び 
    ✅   成功体験:発表会、グレード試験等の機会
    ✅   達成感:過去からの自分の成長を感じること  
    ✅   周りからの励まし:親、友達、知り合い

3. 継続の理由と習慣の関係性

「なぜエレクトーンを続けているのだろうか」と考えることも何度かありましたが、正直はっきりした答えはありませんでした。

継続の理由を考える年齢になった時には、すでに自分の生活の中に入っていて、当たり前の状態だったので「なぜ?」に関しては「今まで続けてきたから」「できると良いかなと思う」「楽しいから」というところで、むしろやめる理由がなかった感じです。

「運転するために免許証を取る」「昇格するためにTOEICを受ける」のようなリニアな目的意識があったものではなく、気づいたころには生活や自分のアイデンティティの一部になっていたような気がします。

親が最初のきっかけを与えてくれていたことに感謝です。

乗り越えるために必要な要素・学び
    ✅  親のはじめのきっかけづくりとサポート
    ✅  まずは習慣化してみる
    ✅  習慣化すると好きになることもある
    ✅  やめる必要を考えた時はすでに自分の生活に入っている 

*なぜ辞めたか - タイミングと達成感

厳密には辞めたのではないと思っています。卒業という感覚に近いかと思います。習い事として行くことをやめたのは、大学に進学するというタイミングでした。

レベルとしては、楽譜を見ればある程度は演奏できるようになったので、やりきった感があったような気がしています。作曲をするためのコースではなかったので、書かれたものを演奏するというところがゴールでした。弾きたい曲をどれにするかという選んで演奏しながらアドバイスをもらうという形だったので、あとは自分で楽譜を買って演奏すればいいかな、と思っていました。

資格としては、自分が保持したもう一つの上のグレードからは指導者レベルで格段に難しくなるので、そのグレード取得を目指していなかったというところもあるかと思います。

最後に

エレクトーンを習っている当時は予期できませんでしたが、「継続してよかったな」と後から気づくこともありました。

最後にこちらをご紹介して終わりたいと思います。

大学生の時に、私のいとこの結婚式でエレクトーンを演奏して欲しいと言われました。結果的にいとこ姉妹の両方の結婚式で演奏させていただきました。

習い事としてはもう続けていませんでしたが、
リクエストのChemistryの『君を探してた』を演奏しました。皆さんに喜んでもらえて嬉しかったのを今でも覚えています。

最近では、息子に何かを演奏しようと思った時に、
自慢でもなんでもないですが、ある程度の曲は耳で聞けば楽譜がなくても演奏できます。

当時エレクトーンを習っていた時には「将来自分の息子に演奏する」なんて微塵も考えていませんでした。息子が楽しそうに歌ったり、真似してピアノを弾こうとする姿は面白いです。

継続するものには「何のため」というリニアで短期的な目標や目的意識がある種類もあると思います。

一方で、

「無理せず共に歩く」という継続の種類

もあるかもしれないと自分の体験の中から感じているところです。

もし同じような境遇にいる人がいたら、何かの励みになれれば幸いです。

今日も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

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