曇天
不幸にも、私の人生には不幸がなかった。
特別裕福な家庭ではなかったけれど、何不自由なく育てられてきた。大学まで当たり前のように通わせてもらい、大人になった今も家族仲はいいほうで、恋もそれなりにしてきた。振られることも振ったこともあるけれど、そんなものは誰もが経験することなのだから、特段気にするほどでもない。
就職活動はある程度の学歴があったため、お祈りメールに悩まされながらも、第一志望の企業に内定をもらえた。新卒で任された仕事に残業はなく、周りの友人たちが仕事で辛い目に遭っている風景を見るたびに、彼らが異星人のように思える。幸い上司にも恵まれ、ある程度の結果を残すことができた。会社の同僚と恋に落ちて、25歳で結婚、子宝にも恵まれて、念願のマイホームを手に入れ、私の人生はそれなりに順風満帆だった。
だからこそ、社会や生活になにも不満がない。変えたい事柄もなく、これから先も順風満帆な人生を望んでいる。社会に対する絶望をしたことがない私は、何かを変えるために行動するという選択肢がこれまでに一度もなかった。
私には1歳の娘がいる。今は娘の成長が生きがいになっていて、娘の一挙手一投足に振り回去れる生活を営んでいる。夫は大手企業に勤めているため、食いっぱぐれることはない。年に2回支給されるボーナスをうまく活用して、1年に1回は旅行もできている。今の生活に不満があるわけではない。けれども、何かが足りない。体の奥底から正体不明の魔物が襲い掛かる。このモヤモヤの正体は一体なんだ?
きっと、このまま平凡な幸せを手に入れたまま私の命は役目を終える。なんてつまらない人生なのだろうか。手に入れた幸せを持ってしても満足度は上がらない。それどころか次なる欲求が己を支配する。何を手に入れても飽くなき欲求は尽きそうにない。
たまにこの平凡な人生のままで終えていいのかと、自分に問いかけるときがある。お風呂に入っているとき、ご飯を食べているとき、部屋でぼーっとテレビやYouTubeを眺めているとき、この寝顔を見ているとき、何かを変えたいと思えば思うほどに、恵まれすぎた自分の生い立ちが煩わしくて仕方ない。
社会を変える。社会に対してコンプレックスを抱えた人が行動している姿がずっと眩しかった。たくさんの人に傷つけられながらも、行動し続ける原動力の正体は一体なんなのだろうか。私には社会を変えたいと思える原体験が何もない。だからこそ、何かを変えるために精一杯もがく彼らの美しい姿がうらやましい。別に人の不幸に対して何かを思っているわけではないし、平凡な幸せを手に入れることができた事実にも感謝している。
けれど、何かが足りない。周りのもがいている人たちを見るたびに、飽くなき欲望が私の中で流れ出す。平凡な暮らしを手に入れても、もっと欲しいとさらなる欲望が次々と生まれていく。もしかしたら、これは贅沢な悩みなのかもしれない。もしも平凡な暮らしではなかったら、私も彼らのように社会を変えるために行動していたのかもしれない。なんてことがずっと頭のなかに巡り続けている。
「何かしたいことはありますか?」と問われたら、したいことはいくらでもあると答えられる。飽きるまで本を読んだり、映画を観たり、カフェを巡ったりと、自分の中には止められない欲求がたくさんあるのだと思い知る。でも、それが社会のためになるかと問われたら、私は確実にNOと答えてしまう。私のなかに芽生える欲望は、どれも私が喜ぶためだけのもので、誰かの役に立つものではない。
最近、友人が教育を変えるためにベンチャー企業を立ち上げた。それ以降、友人が扱う言葉が一気に変わった。ダイバーシティ、KPI、KGI、日本語ではない横文字がずらりと並ぶ。横文字を使えばそれなりに様になると思っているのだろうか。薄っぺらい。あまりにも薄っぺすぎる。そして、勝手に他人を薄っぺらいとジャッジする私自身の浅はかさに反吐が出る。
友人の夢の話を聞いているだけでお腹が一杯になりそうだ。なぜそこまで変えたい現状について熱弁できるのかが分からない。目を煌めかせる友人の姿は眩しすぎる。友人は日本の教育は世界に比べて劣っていると言っていた。国を変えるためには教育が変わる必要がある。そう思える原体験が友人にはあった。一方で私は日本の教育の恩恵を受けてきた人間だ。特段裕福なわけではないけれど、今も幸せに生きている。だから、教育を変えたいともがく友人の気持ちがまったくわからなかった。
私には社会を変えたいと思えるほどの原体験が何もない。生きるだけであれば、夢などなくても生きていける。結婚後の私は、子どもとの生活を中心に生きてきた。子どもが大きくなったときに、私には一体何が残るのだろうか。何も残らないのかもしれない。そもそも先の未来の話など考えるだけ無駄なのかもしれないけれど、目の前に広がる泡がいつ消えてしまうのかがずっと不安だ。
子どもを寝かしつけたあとに眺めるSNSにはいろんな友人の子育ての場面が映し出されている。それを見ていると、なんだ他にもいるじゃんと安心できる。現に、隣ですやすや眠るわが子の寝顔はいつ見てもかわいい。けれど、私の人生の主人公は子どもではなく、私自身なのである。SNSに我が子をUPする彼女たちも、私と同じような不安を抱えているのだろうか。できることならば、彼女たちがどのような人生計画を持っているのかをぜひ問うてみたい。
いつかやってくる子離れが怖い。でも、やりたいことが何も見つからない私の将来のほうがもっと怖い。嫌なことは家事や子育てに追われていると考えなくて済む。忙しくなればなるほどに、いつかやってくるであろう虚無から逃れられる。心を亡くして「忙」と書く。その言葉は、今の私の生活にぴったりな言葉で、私のために作られた言葉だと言っても過言ではない。
ある日、子育てを終えた紘子さんと話す機会があった。普段は化粧をすることがない私は、人と会うという理由で、きちんと化粧をした。3時間に1回の授乳、子育てによるストレスで、肌がカサカサになっている。パックはおろか化粧水すらもつけなくなった。母の顔を隠すために、私は自分を偽るために化粧をする。それが何もない自分を守るための武装であり、一度剥がれるとすべてが無駄になる仮面のようなものだ。全部子育てのせいにしてしまいたいけれど、現実は私が怠けたツケが来ているだけ。
紘子さんは子育てをしながら、自分の好きなことを仕事にしていた。文章が好きだったから、家でもできるライターの仕事に就いたそうだ。取材がある日は外に出る必要があるけれど、それ以外は家でも仕事ができる。好きなことを仕事にが流行るもっと前から好きなことを仕事にしていた希少な女性だ。紘子さんは身なりに気遣わない私と違って、身なりにきちんと気遣っていた。紘子さんを見るたびに、将来への危機感が襲い掛かる。私はこのままでは紘子さんのような素敵な女性にはなれない。そう確信してしまっているためだ。
普段は絶対に足を運ばないお洒落なカフェで、彼女と待ち合わせる。紘子さんは普段からお洒落なカフェで仕事をしているのだろうか。滅多に足を運べない私と普段から足を運ぶ彼女との差に嫉妬心が芽生えてきた。道路に貼られた橙色の「とまれ」という標識がの足取りを重くする。カフェの引き戸がついた白塗りの扉が重い。こんなお洒落なカフェに育児で疲れ果てた顔をしている私なんかが足を運んでもいいのだろうか。私だって、好きなことを仕事にしたい。けれど、何かを変えたいだとか、伝えたいと思えるものが何もないのだ。
店内は白基調の壁で覆い尽くされている。壁に貼られた誰が書いたかわからないような絵画、入り口の近くに置かれた観葉植物、少し暗めの間接照明がお店のお洒落さを倍増させていた。インスタ映えのために、ドリンクとスイーツの写真を撮っている制服を着た女性たちがたくさんいる。私も学生時代にInstagramをやっていたが、今は子どもとの日常しか投稿することがない。子ども中心の生活になっているその事実が苦しくて、今ではすっかり投稿を見る専門になってしまった。目の前で繰り広げられている光景は、私の学生時代では到底考えられなかったものだ。時代は進んだ。でも、私は不可逆的な人生を変えることすらもままならない。
家とスーパーを行き来するだけの現実に、飽き飽きしている自分がいる。もしも私に不幸があったならば、今とは違う選択を選んでいたのかもしれない。「たられば」「もしも」といった言葉の活用は二度と変えることができない過去を受け入れていない証明になる。
アイスカフェオレが入った透明なグラスが汗をかいている。今まさに焦りを感じている私のようだ。ストローをぐるりと回して、やり場のない焦りと共に一気に喉に書き込む。グラスに残された氷を口の中に含ませる。白い歯が氷とともに自尊心を砕いていく。その一連の作業が何も変えられない現実を私に突きつける。
「私にはやりたいことがないんです。いつか子離れをしたときに、自分には何も残らないのではないかと考えると夜もなかなか眠れない」と紘子さんに告げる。
「私の周りの子育てを終えた人は、自分のやりたいことに没頭する人と何もないと嘆き続けるだけの人に分類されている。今は子どもが小さくて手がかかるから仕方ないよ。少し余裕が出てきたら、きっとやりたいことができるんじゃないかな」と紘子さんが言う。
いつか子どもが大きくなって、自分に余裕ができたらやりたいことが出てくるのかもしれない。しかし、不幸にも私の人生には不幸がなかったのだ。時間が経てば経つほどに、焦りのバロメータが徐々に大きくなっていく。気休めにもならない気休めの言葉がうまく頭の中に入ってこない。他人の善意は時として、心に突き刺さる刃と化す。そして、一度突き刺さったものはもう元には戻せない。心に突き刺さったナイフは、時間を掛けて自分の心を蝕む。そうやって、少しずつ自分には何もないと人生に希望を持てなくなる。
紘子さんと別れ、帰り道に商店街で今夜のご飯の買い出しをする。八百屋さんで並ぶ数々の野菜たち。どの店が1番安いかを検討して、1番安いお店で野菜を購入する。八百屋さんの「トマトが安いよ」という大きな声が店内に鳴り響く。残り物は時間が経つにつれて少しずつ安くなっていく。いつだって新鮮なものには価値がある。「残り物には福がある」という気休めにもならない言葉は、未来の自分にとって救いの言葉に変わっているのだろうか。それすらもわからない。
商店街ですれ違う人たちの鋭い視線が痛い。誰も私なんか見ていないのに、勝手に見られている気になって、ここにも居場所がないと絶望する。我が子が可愛くて仕方がない。それは紛れもなく事実だからこそ、可愛い我が子を理由に私は人生のすべてを我が子に捧げてはならない。
今にも街を覆う鉛色の空は泣き出しそうだ。この道をまっすぐ行った先は希望か。それとも絶望か。進めばわかる。でも、何も残っていなかったら、自分の人生に絶望して腹をかっ切ってしまうかもしれない。自転車のペダルをうまく回せないまま30年間生きてきた。特段大きな挫折を経験していないため、いざという時の立ち上がり方もわからない。学生が味わうモラトリアム期を経験していないそのツケを払うときが今やってきたのだ。
不幸にも、私の人生には不幸がなかった。黒い酸性の粒が、私の体を少しずつ溶かしていく。かつての無邪気で何も考えていなかったあの頃が愛おしくなる。桃色のケロイドにこびり付いたその様は、紛れもなく何も変えられない人生への泣き声だった。
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