見出し画像

AI時代に「弁理士のチェック」を必須にする理由──Smart-IPが目指す知財業界のこれからの”スタンダード”

生成AIの急速な普及に伴い、知財業界でも「どこまでがAI領域で、どこからが専門家の領域か」という議論が活発になっている。
そんな中、日本弁理士会から、非弁活動(弁理士資格を持たない者が報酬を得て弁理士業務を行うこと)に関するオピニオンが出された。
参考:『「資格を持たずに弁理士業務を行う者(非弁理士)」 にご注意ください』(日本弁理士会HP)
https://www.jpaa.or.jp/intellectual-property/protect/non_patent_attorney/

こちらのオピニオンについては、SNS上などで様々な賛否が出ているようだが、基本的には経産省のグレーゾーン解消制度を軸とした立場であると思われる。
※グレーゾーン解消制度における事案https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/220218_yoshiki.pdf

グレーゾーン解消制度の事案では、生成AIが関与する場合であっても、「書類作成行為に弁理士が関与することが確実に担保されるよう、十分かつ客観的な制度的・運用手当を講じている限りにおいて、当該書類作成行為は弁理士法違反に該当しない」と示されている。

僕たちSmart-IP社では、上記立場を前提として、非弁行為とならないよう配慮したサービス提供を徹底している。
https://smart-ip.jp/news/20260522

このタイミングだからこそ、僕たちSmart-IP社のスタンス、そして提供している特許明細書作成支援システム「appia-engine(アッピアエンジン)」の思想について、明確に述べておきたいと思う。
※なお、各団体、組織、個人によって生成AIの位置づけや印象は千差万別だと思うし、他者のスタンスに対してどうこういう立場にはないので、あくまでも本記事はSmart-IP社および私のスタンスの表明にすぎない点に注意ください。


1.AIによる「内製化」を私たちが推奨しない理由

世間では「生成AIを使えば、専門知識がなくても特許明細書が作れる」といった論調を見かけることがある。
これまでリソースや人材不足で内製化ができなかった企業が、生成AIの登場をきっかけに「これなら自社で内製化できるのではないか」と検討を始めるケースが増えている。

しかし、ここには大きな落とし穴がある。
結論から言うと、内製化の体制がない企業が、ツールや一般的な生成AIだけを頼りに、代理人を挟まずに品質の高い明細書を作成することは難しい。

なぜなら、現状の生成AIの機能では、特許実務に完全に耐えられるクオリティを単独で出すことは不可能だからだ。

もちろん「それっぽい書類」を作ることはできる。

しかし、クレームが適切な権利範囲になっているか、明細書・図面が技術的に論理的矛盾なく記述できているか、過不足なく記載されており審査段階における反論が可能なほど充実しているかなどは高度な専門的スキルがなければできないものだ。
これは、クラウド会計ソフトの「freee」を導入したからといって、経理のプロや税理士が不要になるわけではないのと同じ構造ともいえる。
テクノロジーの力だけでクオリティの低い特許出願が乱発されるようになれば、それは社会に対して余計なリソースを消費させる行為になってしまう。

特許出願は基本的に不可逆なアクションだ。一度出願したらその範囲内でしか補正できないし、公開もされる。
人間の「安易にコストを削りたい」という現状維持バイアスや短絡的な思考は、結果として自社の知財ポートフォリオを致命的に毀損するリスクを孕んでいる。

ちょっと具体的な計算シミュレーションをしてみよう。
例えば、年間30件の出願を外注している企業が、1件60万円の外注費(年間1,800万円)を削減するために、AIを活用して無理に内製化を進めたとする。
※明細書作成と中間対応費用両者を含んだ費用としてシミュレーション

少なからずの内部コストは発生するはずなのでそれらを差し引いても、最終的には1,000万円ほどはコスト削減できたように見えるかもしれない。
しかし、専門家の目を経ていないクオリティの低い出願は、最悪の場合、競合他社に技術を模倣され、売上3億円の新規事業そのものが頓挫するような、数千万円から数億円規模の事業リスクを背負うことになるのだ。

そもそも特許取得ができず、ただ自社技術を公開するだけということもあるだろう。慌てて審査段階弁理士に依頼をしても、元の出願の範囲でしか補正はできないためリカバリーもできない、あるいは、元出願を担当していないことを理由に審査対応費用が増額することもあるだろう。

知財制度というものは、それほど極めて複雑な制度体系である。
この制度を正しく使いこなすことができる「弁理士」という専門家が介在して初めて、制度の秩序が保たれる。

だからこそ、appia-engineでは利用規約において「弁理士法75条(弁理士又は弁理士法人でない者の業務の制限)に違反する行為に本サービスを利用する場合は契約を解除する」と定めている。

さらに、完成した文章をダウンロードする際にも、弁理士のチェックを促すアラートが画面に出る仕組みを実装している。

僕たちが提供しているのは、弁理士を排除するツールではない。

リーガルテックの「LAWGUE」が弁護士の契約書作成を効率化するように、appia-engineはプロフェッショナルがより生産性高く、より本質的な業務に集中するための「アシストツール」なのだ。
将来的にAI単独で完璧な明細書が書ける時代が来るかもしれないが、その時は知財制度自体が形骸化しているはずなので、今議論する意味は薄いのではないかと思う。

2.「書けること」の価値が暴落する時代の、本当のプロフェッショナル

一方で、こうした話をすると「弁理士が自分たちの既得権益や仕事を奪われないために防衛線を張っているだけだ」と思われる側面もあるだろう。

もし本当に法律を盾に仕事を確保しようとしているのであれば、僕はそのスタンスにも全く賛同できない。
そもそも仕事というものは、法律や資格によって守られるべきものではないはずだ。秩序維持のために一定の範囲で業法が存在することも否定はしない。
しかし、本来的に仕事というのは、クオリティや、クライアントが受け取る「付加価値」に対して、初めて対価として報酬が支払われるべきだというのが僕の持論である。

資格制度は、専門職業人たちを食わせるためにあるのではない。
複雑な制度体系を持つ分野において、あえて専門家を入れることで健全な手続や社会秩序の維持を担保するために存在する。

ここでちょっと立ち止まって考えてみよう。

これまでの特許実務における最大の付加価値は、「特許明細書という特殊な文章を書けること自体が希少である」という点にあった。
書ける人が少ないからこそ、その行為自体に高い価値がついていたわけだ。

しかし、時代は変わった。
優秀な実務家が生成AI(appia-engine)を使いこなせば、正確な発明の把握と言語化さえあれば、驚くほどのスピードで書類を作成できてしまう。
となると、「文章を綺麗に作成する行為そのもの」の付加価値は、従来よりも確実に低くなっていく。

これからの時代、実務家に求められる比重は別のところにシフトする。
具体的には、明細書作成の手前にある「発明の深い把握」や「的確な言語化」。
そして、AIが出力した膨大な書類の「クオリティを見極め、担保する能力」だ。

「AIが書いたからこれでいい」ではなく、「AIが出した答えにプロの目でツッコミや適切な修正を入れられるか」。
これからのプロフェッショナルとしての分岐点は、まさにそこにあると思う。

実際、僕たちSmart-IP社の体験談(クライアントからのフィードバック)としても、appia-engineを導入した先進的な特許事務所では、書類作成にかかる時間が従来の半分以下に短縮されている。
その浮いた時間を、発明者とのディスカッションや、より深い先行技術調査に充てることで、結果として顧客へ提供価値を高めることに成功している。

3.低単価のディストピアか、出願10倍のウィンウィンか

付加価値の構造が変わるということは、好む好まざるとに関わらず「価格のあり方」にも何らかの変化が起きるということだ。

現在、国内の特許出願件数は年間約30万件という規模で推移している。
この限られたパイを単に取り合うだけの状況下で、もしAIツールを悪用したプレイヤーが「クオリティを度外視した低単価サービス」を乱発すればどうなるか。
市場原理によって全体の単価が下落し、安かろう悪かろうという出願が横行する。
これは業界にとって最悪の「ディストピア」のシナリオだ。

本来、報酬とはかけた時間や個数ではなく、生み出したクオリティに対して支払われるべきものだ。

だからこそ、僕たちが目指したいのは別の世界線である。

最終的には、高いクオリティを維持(あるいはさらに向上)させた上で、特許明細書をより安価に、かつスピーディーに納品できる世界を作りたい。
その上で、目指すべきは年間30万件の奪い合いではなく、年間300万件の出願が担保されるような社会ではないだろうか。

「出願件数を10倍にする」

これを聞くと荒唐無稽に思えるかもしれない。
しかし、もし1件あたりの作成コストと時間が劇的に下がれば、各企業は国内だけでなく海外も含めて、完璧な特許ポートフォリオを構築できるようになる。

例えば、ある新規事業を立ち上げる際、これまでは数十件程度の国内出願を行い、そのうちの1割程度(数件)を海外出願するのが限界だった企業を考えてみよう。
もしAIの活用でコストが下がれば、数百件の国内出願を行い、そのうちの半分を外国出願するという「ダイナミックな出願戦術」を組み立てることが可能になる。

実際にSmart-IP社には「こういった圧倒的な物量での知財防衛戦略は可能か」という相談がすでにいくつも来ている。
潜在的な需要は間違いなく存在しているのだ。

この時にボトルネックになるのが費用、特に出願審査請求費用(印紙代)と外国出願費用である。
出願審査請求費用(印紙代)は、特許庁内部の生成AI活用の普及により、現在の5分の1程度にならないか期待したいところだ。それにより権利化を目指す経済的ハードルがぐっと下がる。

だれか業界を束ねるリーダーのような人がいるなら、そういう前向きな青写真を描いた上でロビー活動をしていってほしい。

いっそのこと出願手数料を引き上げて、審査請求費用という概念をなくしてしまうのも一つではないかと思う。
手続き回数も減るし、出願手数料を引き上げることで、生成AIのみで作成した雑な出願を食い止める効果も出るかもしれない。
全件審査しなければならない手間は発生するが、そこを生成AIで省力化するという算段だ。

外国出願費用については、そのほとんどが翻訳費用と中間対応費用になるだろう。
国内もそうだが、中間対応費用はお金がかかって当然だと思っている。
ここは生成AIでサクッとどうにかできるものではなく、高度な実務が求められる部分だ。むしろ今までが安い、という見方すらできると思う。

一方で、翻訳については生成AIとの相性もよいため、コストはドラスティックに下がっていくのではないか。
いくつかの事務所でも、これまでの翻訳費用を半額くらいに一気に下げたというリアルな話を耳にしている。

仮に、生成AIの普及により1件あたりの単価が3分の1になったとしても、件数が10倍になれば、全体の売上は「約3.3倍」に拡大することになる。
これなら、企業側は圧倒的な知財防御力を安価に手に入れられ、弁理士側も生産性を上げることで全体の売上と利益を増やすことができる。
当事者全員がウィンウィンになる「知財業界のユートピア」だ。

と、ここまで書いたものの、これは夢物語であり、現状ではかなり非現実的でもある。
ただ、現在の非弁の議論が「生成AIに仕事を奪われるか」という視点での話になりすぎていると思う。

そうではなくむしろ「生成AIをフルに活用して、知財制度とそこに関わる人たちの社会的意義を再定義するか」という視点で、議論を深めていくべきではないかと感じている。
そのために、夢物語だとしても、思考の補助線になればとの想いで書いてみた。

テクノロジーは、誰かの仕事を奪うためのものではない。
業界全体のパイを広げ、次の次元へ進めるための道具だ。

僕たちは、弁理士という専門家と共に、この新しい世界線を切り拓いていきたいと考えている。


いいなと思ったら応援しよう!