「親が決めること、子どもに任せること。」新幹線の隣席で考えたこと
夏休み🌻混雑気味の新幹線の中。
隣の席のお母さんと、後ろの席の娘さんが、ホテル選びでもめていた。
「温泉付きがいい」
「温泉ついてなくていいじゃん。駅から近いところがいいよ」
「朝食付きがいい」
「えー、スタバとかでいいでしょ。朝食付きにするなら、ちゃんと朝起きてよー」
「ダブルは嫌。ツインがいい」
「ダブルだと安いからダブルにしようよ。いいじゃん」
「温泉付きだと駅から遠いの嫌だよー」
「でも駅から7分だよ」
そんなやり取りがしばらく続いたあと、
「取るよ、これで取るよ、ホテル。ちゃんと返事して!」
どうやらホテルは決まったらしい。
そして、お母さんが振り返って、
「ちゃんと今のうちに勉強しておいてよね!
宿題ちゃんとやっときなさい!」
娘さんは無言。
すると、
「もう知らない! 勝手に一人で行きなさい。お母さん、もう別のところ泊まるから!」
そう言って、お母さんは怒って先に降りる準備を始めた。
私はイヤホンをした。
……したんだけど。
気になる。
めちゃくちゃ気になる😂
結局、ひと通り観察してしまった。
娘さんは落ち着き払って荷物をまとめて、静かに立ち上がった。
とても綺麗なお嬢さんで、大学生くらいに見えた。
そして私は、なぜかものすごくイライラしていた。
たぶん、昔の自分を見ているようだったからだと思う。
私は、お母さんにイライラしていた。
「娘さんに聞かなきゃいいのに」
と思った。
だって、最終的な決定権を持っているのは、お母さんなんだもの。
「今回はこのホテルにします」
「この金額までです」
「駅から近いところにします」
そう決めた上で、
「どうかな?」
と聞くならまだ分かる。
でも、
「どうしたい?」
「温泉は?」
「ツイン?ダブル?」
「朝食は?」
と聞いておきながら、結局は自分の希望を通す。
それで最後に、
「ちゃんと勉強してよ!」
って言われたら、
「……じゃあ、私に聞かなくていいじゃん」
って思ってしまう。
もしかしたらお母さんは、
「自分が全部決めて、あとから文句を言われるのは嫌」
なのかもしれない。
娘の希望も一応聞いてあげたいのかもしれない。
でも、だったらなおさら。
決める責任も、自分で引き受けたらいい。
私はそう思った。
そして、
「勉強しなさい」
と言う親を見て、またモヤモヤした。
……いや。
私も、散々言ってきたんだけどね😂
子どもがなかなか動かないと、
「勉強しなさい」
「ちゃんとしなさい」
「早くやりなさい」
って言いたくなる。
親だから。
心配だから。
この先困ってほしくないから。
でも今なら、少し違うふうに思う。
決めるのは、子どもだぜ。
子どもの人生は、子どものもの。
親ができるのは、
「あなたはどうしたい?」
と聞くこと。
「私はこう思うよ」
と伝えること。
必要なら手を貸すこと。
そして、
あとは見守る。
子どもは、自分で選んで、自分で失敗して、自分で気づいていく。
親がいくら先回りして、
「こうしたほうがいい」
「今やったほうがいい」
「勉強しなさい」
と言ったところで、
本人が「やろう」と思っていなければ、なかなか動かない。
でも、
本人が気づいた瞬間が、その子のスタートなんだと思う。
だから、待ってあげることも親の仕事なのかもしれない。
もちろん、心配になる。
口を出したくなる。
手を出したくなる。
「もう知らない!」
って言いたくなる日もある😂
それでも、
この子は大丈夫。
そう信じて、少し離れて見ている。
それって、思っている以上に難しくてしんどいけれど、
子どもを信じるって、そういうことなのかもしれない。
今日、新幹線の隣の親子を見て、
「私も昔は、こうだったな」
と思った。
そして同時に、
「ああ、私も少し変わったんだな」
とも思った。
人の親子を見てイライラしたはずなのに、
最後に残ったのは、
子どもの人生を、子どもに返してあげよう。
という、自分への確認だった。
……とはいえ。
最初はイヤホンして、
「KENTYの最初はキュン🫰で全部撒いていこ〜💙」
って思ってたんだけどね😂
結局、気になりすぎて、
しっかり一部始終を観察してしまった私なのでした🤪🚅
