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日本の食品流通:114兆円の巨大産業

「食品流通」という言葉を聞いて、皆さんはどんなイメージを持ちますか。

スーパーの棚に並ぶ商品、コンビニのお弁当、あるいはAmazonで届くお取り寄せグルメ——。消費者として日々接する「食」の風景は身近ですが、その裏側で動いている産業の全体像を、数字で捉えたことのある方は意外と少ないのではないでしょうか。

私自身、食品流通のベンチャーで経営管理に携わる中で、この業界に飛び込んで最初に驚いたのは、その規模感でした。農林水産省の統計によれば、農業・食料関連産業の国内生産額は114.2兆円。これは日本の全経済活動の約10%に相当します。

この連載では、「食品流通×イノベーション」をテーマに、業界の市場データと、現場で得た実践知を掛け合わせながら、食品流通の「今」を読み解いていきます。

初回となる本記事では、まずこの114兆円産業の全体像を俯瞰します。どんなプレイヤーがいて、お金はどう流れているのか。そして、数字だけでは見えてこない業界の「構造的な歪み」についても触れたいと思います。

Layer 1:マーケットデータ

バリューチェーンの全体像

食品流通は、大きく4つのレイヤーで構成されています。

川上から順に、一次産業(農業・畜産・漁業)が約12.7兆円。ここで生産された食材が、食品製造業(約38.4兆円)で加工され、卸売・小売などの流通業(約36.4兆円)を経て消費者に届きます。これに外食産業(約21.3兆円)を加えたものが、114.2兆円の内訳です。




日本の流通概観(2024)


ここで一つ、面白い数字があります。

食品卸売業の市場規模は、経済産業省の商業動態統計によると105.5兆円(2023年度)。一方、最終的な出口である食品小売は約53兆円、外食は約24兆円です。

「出口が80兆円弱なのに、中間流通が105兆円?」——この違和感が、業界の構造を理解する最初の鍵になります。

なぜ卸売業の数字は「出口」より大きいのか

答えは、多重計上です。食品流通では、メーカーから消費者の手に届くまでに、一次卸、二次卸と複数の事業者を経由することが珍しくありません。特に生鮮品は、産地の集荷業者から卸売市場の卸売業者、さらに仲卸業者を経て小売店に届くという多段階の流通構造を持っています。

商業動態統計は、この各段階の販売額を全て合算しているため、同じ商品が何度もカウントされる。結果として、中間流通の数字が最終消費額を上回るという、一見不思議な構造が生まれるわけです。

「成長」の内実

2024年の食品小売市場は53.4兆円で、前年比+1.8%。外食産業も前年比+8.4%と好調。数字だけを見れば、業界全体が成長しているように見えます。

しかし、この「成長」には注意が必要です。

2024年だけで約1万2,500品目が値上げされ、2025年には再び2万品目超の値上げが実施されています。つまり、売上高の伸びは主に価格転嫁による名目成長であり、数量ベースでは多くの品目が横ばい、あるいは減少しているのです。

(出典:経済産業省「商業動態統計」、矢野経済研究所、帝国データバンク「食品主要195社 価格改定動向調査」)

Layer 2:財務的所感

他業界から来て驚いたこと

私は食品業界の出身ではありません。別の業界で経営管理に携わった後、あるきっかけで食品流通のベンチャーに移りました。

最初に驚いたのは、利益率の低さです。

食品卸売業の経常利益率は1%を切る水準で推移しています。売上原価率が約84%、残りの大部分を物流費が占める。100円の商品を売って、手元に残るのは1円以下——。IT業界やSaaS企業の利益率に慣れていた私にとって、これは衝撃的な数字でした。

しかし、現場を知れば知るほど、この薄利構造には合理性があることも見えてきます。食品は「毎日必ず消費されるもの」であり、取引の頻度と確実性が圧倒的に高い。薄利であっても、巨大な取引量で事業が成り立つ——いわば「薄く広く」のビジネスモデルが、食品流通の本質なのです。

数字と現実の乖離

もう一つ驚いたのは、統計データと現場の感覚にかなりのギャップがあるということです。

先ほど触れた「卸売業105兆円」という数字。この規模感は確かに巨大ですが、実態としては多重計上によるもので、業界内のプレイヤーがこの数字を実感することはほぼありません。

逆に、統計に現れにくい動きもあります。たとえば、総合商社による食品卸の系列化。ある大手卸が親会社の完全子会社になる、別のグループでは複数の流通子会社が合併する——こうした再編は、業界の勢力図を大きく塗り替えつつありますが、市場規模の統計からはその動きは見えてきません。

ベンチャーから見える景色

大手企業の動きは俯瞰的に語られることが多いですが、ベンチャーの視点から見ると、この業界の「壁」はまた違った形で見えてきます。

一つは、流通の参入障壁の高さです。食品を全国に届けようとすると、温度管理ができる物流網、卸売業者との商流構築、小売チェーンとの帳合の確保——と、超えなければならないハードルが次々に現れます。

もう一つは、商慣習の根深さです。リベート、センターフィー、返品といった食品流通特有の商慣習は、新規参入者にとって大きなコスト要因になりますが、長年の取引関係の中に組み込まれているため、簡単には変えられません。

これらは、ファイナンスの立場から投資判断をする際に「見落としがちだが致命的になり得るコスト構造」であり、他業界から来た人間だからこそ違和感を持てたポイントでもあります。

Layer 3:インサイト

この業界を読み解く3つのレンズ

ここまでのデータと体験を踏まえて、食品流通業界を理解するための「3つのレンズ」を提案します。

① コスト構造のレンズ

食品流通は、原材料費・物流費・人件費という「三重のコスト圧力」の中で動いています。2024年問題(ドライバーの時間外労働規制)により物流費はさらに上昇基調にあり、このコスト構造をどうマネジメントするかが、全プレイヤー共通の課題です。

② 情報の非対称性のレンズ

メーカーは消費者の実際の購買行動を知らず、小売は原価構造を完全には把握していない。卸売業はその間に立って情報を媒介する役割を持ちますが、デジタル化の遅れ(食品EC化率は4.52%)により、情報の流通効率は他業界に比べて著しく低い状態です。

③ プレイヤー間のパワーバランスのレンズ

大手小売チェーンの購買力は年々強まり、メーカーや卸に対する価格交渉力が増しています。一方で、総合商社が卸売業を完全子会社化する動きは、川中のパワーバランスを大きく変えようとしています。誰がバリューチェーンの中で最も強い交渉力を持つのか——この力学は常に変化し続けています。

この3つのレンズを持っておくと、今後この連載で取り上げる個別テーマ(物流、営業、EC、マーケティング、財務・組織)がより立体的に見えてくるはずです。

次回は、この全体像の中から卸売業にズームします。海外で食品流通業に携わった経験のある私からすると、なんでこんなに何重にも重なっているのだろうと疑問に思います。

データと現場の両面から迫ります。

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