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流通概観の整理:食品卸売業の市場構造


食品卸売業の市場構造——83兆円を解剖する

食品流通 × イノベーション|マネジャーの視点から業界を読み解く


私たちが毎日口にする食べ物は、メーカーで製造された後、小売店や外食店に届くまでに多くの中間業者を経由する。その中核を担うのが食品卸売業だ。ところが、その規模を知る人は業界関係者でも意外に少ない。

本稿では、令和3年経済センサス(2023年3月公表)のデータをベースに、食品卸売業の市場構造を数字で解剖する。推計を用いる箇所は「★推計」と明示するので、確定値と区別して読んでいただきたい。


1. 83兆円という数字の正体

一言で言えば、食品卸売業は「GDPの15%に相当する、日本最大の流通インフラ」である。

令和3年経済センサスによると、食品関連の卸売業の年間販売額は83.7兆円にのぼる。日本のGDP(約550兆円)の約15%、国家予算(約107兆円)の約8割に相当する規模だ。「食品を扱う問屋さん」というイメージとはかけ離れた数字である。

ところが、ここで一つの疑問が生じる。食品の小売販売額が約43兆円、外食産業が約26兆円とすると、消費者が実際に支払う食品関連の金額は合計約69兆円にとどまる。なぜ卸売業の数字は、その1.2倍を超えるのだろうか。

【出典】 令和3年経済センサス‐活動調査 産業別集計(総務省・経済産業省、2023年3月) ※ 外食産業規模は経済産業省第3次産業活動指数ベースの推計。2020年はコロナ禍による落ち込みの年であり、例年より小さい。


1.5 卸売業が果たす機能——多段階が生まれる理由

一言で言えば、「川下に小さな店が多すぎて、一社ではカバーしきれないから」多段階になる。

卸売業が担う機能は主に4つある。①品揃え(数千社のメーカー商品を一括仕入れ)、②物流(保管・仕分け・配送)、③与信(メーカーへの代金保証)、④情報(需給を双方向につなぐ)。これらをワンストップで提供するからこそ、零細な小売店や中小の外食店は卸なしでは成立しない。

具体的に考えてみよう。近所の食料品店が1,000品目の商品を扱うとして、各メーカーに直接発注すると1,000社と取引することになる。発注書の作成・入金管理・返品交渉——これを店主が一人でこなすのは現実的ではない。卸売業者が間に入ることで、小売店は1社との取引に集約できる。

日本にはセンサスベースで約88万の小売事業所と約60万の飲食店が存在し、その大半が規模の小さな事業者だ。これらが全国に分散しているため、大手卸1社では物理的に届かないエリアが生まれる。そこに地域密着の二次卸・三次卸が介在し、結果として同一商品が複数の卸段階を経て計上される。これが「卸売83.7兆円 > 小売+外食69兆円」という構造の正体だ。

【出典】 小売事業所数・飲食店数:令和3年経済センサス(総務省・経済産業省) ※ 多段階構造は歴史的要因(江戸時代の問屋制度・メーカーの系列販社制度)とも複合している。詳細は別稿で扱う予定。


2. 食品卸は「2つの世界」でできている

大雑把に言えば、食品卸には「生鮮・市場依存型」と「加工食品・大手集中型」の2つがあり、競争のルールがまったく異なる。

センサスの分類では、食品卸売業は大きく2つの中分類に分かれる。農畜産物・水産物卸売業(分類コード521)と、食料・飲料卸売業(同522)だ。前者が生鮮・青果・水産・食肉、後者が加工食品・酒類・飲料・乳製品を主に扱う。

数字で比べると以下のとおりだ。

農畜産物・水産物卸(521) 食料・飲料卸(522) 年間販売額 33.5兆円 50.2兆円 事業所数 30,635 32,023 従業者数 33.2万人 38.3万人 1人あたり販売額 1.01億円 1.31億円

1人あたり販売額に約30%の差がある。この差はなぜ生まれるのか。

生鮮を扱う521では、野菜1箱・魚1尾単位の細かい取引が多く、仕分けや品質管理に人手がかかる。一方、加工食品の522ではケース・パレット単位の大口取引が基本で、1回の受発注あたりの金額が大きい。「手間のかかり方と販売額は比例しない」——これが数字の示す本質だ。

言い換えれば、生鮮系卸は労働集約的でありながら取引単価が低く、構造的に厳しいポジションにある。加工食品系卸は大口・高回転で効率が高いが、その分だけ大手が入り込みやすい。

【出典】 令和3年経済センサス‐活動調査 産業別集計(総務省・経済産業省、2023年3月) ※ 1人あたり販売額はセンサス確定値(販売額÷従業者数)から算出。521・522別の利益率データは保有していないため、収益性の断言は避けた。


3. 大手0.4%が販売額の45%を握る

全体の構造を一言で言えば、「上位はごく少数の大手が市場を引っ張るが、全体としてはまだ断片化している」。

食品卸の事業所数は6.3万にのぼる。そのうち従業者300人以上の大手はわずか約130社、全体の**0.4%にすぎない。ところが、この少数が全体の販売額の約45%**を占めると推計される。

★推計:センサスの規模別分布(事業所数・従業者数・販売額)と業界資料を組み合わせて算出。

一方で、大手上位10社の合計売上は約9.4兆円とみられ、食品卸全体83.7兆円に対する寡占度は約**11%**にとどまる(★推計)。医薬品卸(上位3社で業界の約7割)と比べると、食品卸は依然として断片化した市場である。

つまり、事業所ベースで見れば「大手が圧倒的」、市場全体で見れば「まだ集約の余地がある」という二重の非対称性が、食品卸の現在地を象徴している。



4. 大手プレイヤーの実像——薄利の競争

大手6社を一言で言えば、「兆円企業でも利益率は1〜2%台、規模で勝負するビジネスモデル」である。


企業名 売上高 経常利益率 決算期 備考 国分グループ本社 2兆1,573億円 1.3% 2024年12月期 非上場・独立系 日本アクセス 2兆4,188億円 1.4% 2025年3月期 伊藤忠商事系 三菱食品 2兆1,208億円 1.6% 2025年3月期 2025年9月上場廃止 加藤産業 1兆0,356億円 1.1% 2024年9月期 関西地盤・上場 伊藤忠食品 6,993億円 1.6% 2025年3月期 2026年上場廃止予定 三井物産流通G 〜6,768億円 〜0.1% 2023年3月期(旧社名) 非上場・最新値非公開

【出典】 各社IR・決算短信。三井物産流通グループは2024年4月に社名変更・非上場化。旧社名時代の数値を参考掲載。

6社いずれも経常利益率は1〜2%台に集中する。規模の経済で大量の物量をさばくことで絶対額の利益を確保するモデルだ。国内の食品スーパー(経常利益率2〜3%台)と比べても低水準であり、「食品卸は薄利構造」という認識は業界内では常識に近い。

差別化の余地はどこにあるか。現時点では、①低温物流(冷凍・チルドの強化)、②DX(需要予測・EDI自動化)、③PB商品の開発、の3点に収斂しつつある。


5.【補足】なぜ日本の食品流通は多段階になったのか

歴史をたどると、4つの要因が重なっていることがわかる。

①江戸時代の問屋制度 「生産者→仲買→問屋→仲買→小売→消費者」という多段階の専門化された流通が、300年以上かけて制度化・慣行化された。

②戦後の零細小売分散 1960年代、日本には膨大な数の中小小売店が全国に分散しており、大手卸1社で全国をカバーすることは物理的に不可能だった。地域ごとの二次卸・三次卸が必然的に生まれた。

③メーカーの系列販社制度 食品メーカーが自社系列の卸を整備し、品目ごとに別々の卸ルートが並存することで多段階が固定化された。

④大規模店舗法(1974〜2000年) 大型小売の出店規制により日本では大型スーパーの全国展開が遅れ、地域の中小小売と問屋が共存する構造が長く維持された。

翻って米国を見ると、食品流通はメーカーと大手小売の直接取引が基本で、営業機能はブローカー(営業代行)、物流はディストリビューターと分業する構造だ。ウォルマート1社が食品小売の約29%を占める超集中が、中間業者を不要にした面もある。日米の詳細比較は別稿で論じたい。

※ 米国の流通構造については業界資料・各種公開情報を参照した二次情報であり、定量的な比較は別稿で改めて行う予定。


次の問いへ

83兆円市場の「構造」を概観した。データから浮かび上がった論点を整理すると、次の記事の候補が見えてくる。

  • なぜ大手でも利益率は1〜2%から上がらないのか——コスト構造の解剖

  • ①−1:卸の経営戦略についてー統合と差別化

  • 生鮮と加工で競争構造がここまで違う理由は何か——521 vs 522の深掘り

  • 2024年問題(物流コスト上昇)は食品卸をどう変えるか——外部環境の変化

  • 米国との比較から何を学べるか——流通構造の国際比較

「食品卸は地味な業界」と思われがちだが、データを見ると日本のインフラを支える複雑な構造が浮かび上がる。次稿ではこれらのテーマを一つずつ深掘りしていく。


■ 主な出典・データソース

  • 令和3年経済センサス‐活動調査 産業別集計(卸売業,小売業)総務省・経済産業省(2023年3月28日公表)

  • 各社有価証券報告書・決算短信・IR資料(国分グループ本社・日本アクセス・三菱食品・加藤産業・伊藤忠食品)

  • 満薗勇『日本流通史』有斐閣(問屋制度の歴史的背景)

  • ★印は推計値。センサス確定値と業界資料を組み合わせて算出。引用・転載時は推計区分を明示のこと。

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