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古事記の時代に合わない、鍵穴を通る男の話の意味

 日本書紀・古事記には時代の合わない記事が多数練り込まれており、その中には外来の要素が盛り込まれている場合が少なからず見受けられる。一例として、古事記の崇神天皇の記事を取り上げる。この時代は、諸説あるが、新しく見積もっても3,4世紀の古墳時代の始まりの頃が想定されるが、そこに全く時代の異なるものが入り込んでいる。

1.鍵穴を通る話は仏教説話にあった
 
 古事記の崇神天皇の段に、苧環おだまき型蛇聟入伝承といわれる奇譚説話がある。夜な夜な活玉依毘売イクタマヨリヒメの所に通う男の正体を知るために、着物に糸をつけてみると、その糸はかぎ穴を通って、美和山神社までたどれたことで、生まれた子が神の子であることがわかったという。
 「所著針麻者、自戸之鉤穴控通而出」  
 「爾卽知自鉤穴出之狀而、從糸尋行者、至美和山而留神社、故知其神子」
 鉤穴という小さい穴を通ることができるということは、それが小さな蛇であったと想像がつく。   
 日本書紀の崇神紀には、大物主の正体が小蛇であったことに驚いた倭迹々日百襲姬ヤマトトトヒモモソヒメが急死する説話が記されていることから、記紀の説話はセットとして捉える事ができる。
 この鉤穴と表記されたものは古事記と先代旧事本紀である。だがここには年代が合わないという問題がある。なお、鉤は鍵とは形状が異なり、先が曲がった棒状の道具で開閉するものが鉤であるが、ここでは、以下は「鍵」として説明する。
 古代のカギは正倉院宝物など鍵穴のない形が多い。つまり、作り付けではなく、別の錠前を取り付けて鍵をかけるのである。鍵穴が付いたタイプのものは、奈良時代末頃の當麻たいま寺の東塔、法隆寺五重塔、法起寺三重塔など、寺院や貴族の邸宅にあったようだが、どこにでもあるものではない。

 写真は、奈良県當麻寺の東塔と講堂の鍵穴である。戸の下の方に付いているが、これは猿落としといわれるもので、L字型をした棒状の鍵を差し込んで回すと開錠できる仕組みで、現地で伺ったのだが、金堂のほうは、今も毎日この鍵で開け閉めがされているとのことだ。下図はその仕組みを表したものである。

「猿落とし」の仕組み

 この説話には別に参考にした資料があることが指摘されている。(中川1995)この物語の背景に漢訳仏典があるという。それは『大智度論巻第二大蔵経』で、そこに「即以神力従門鑰孔中入」とある。その内容は、修行に疲れた阿難が休息しようとしたときに、突然悟りを得たという。だが信用できないので長老の大迦華は「その言葉がほんとうならば、門の鍵穴の中から門の中に入ってきなさい」と命じたので、彼は実際に穴から中に入る事ができたので、それから彼は大きな仕事をまかせられるようになったという。
 これで話の元ネタが明らかになったわけだが、まだ問題は残る。それはなぜ、鍵穴の説話が持ち込まれたのかである。

2.列島よりはるかにすすんでいた西洋の鍵の文化

 『鍵の文化史』(浜本1995)では、古代から現代までの鍵の歴史をふまえて列島と大陸の「風土」の大きな違いがあることが明らかにされている。ローマ時代に、鍵穴の付いた「ウォ-ド錠」がすでに広まっていた。鍵の中に障害物を設け、それを通過する鍵のみが回転して、ロックを外すことができる仕組みのものである。


 大陸では、日本の古代では考えられないような様々な錠前が、より精巧に作られてきた。異民族とたえず接触し、侵略や戦争を繰り返してきたヨーロッパ人の生活から生み出されたものである。
 それに反し、日本においては四方を海に囲まれ、外国の侵略をほとんど受けなかったので、自衛意識はヨーロッパと大きな相違があった。これが鍵や錠に対する意識と密接に関わっているというのである。ヨーロッパ中世といえども、その錠前と鍵との精巧さにおいて、日本よりもはるかに先んじていた。日本のかんぬきや土蔵の鍵などはほとんど原始的といったものなのだ。
 以上のように、古代の列島の中では8世紀であっても、鍵穴のある錠前が使われた住居を想定した話など作りえないのである。
 その長い歴史を持つヨーロッパでは、鍵と錠前は、その形状や開閉の機能による類推から、古代より愛のシンボルと考えられてきた。これは、興味本位や悪ふざけという意図からではなく、生命を生み出すものに対する畏敬の念から、イメージされていったのであろう。
 このことから、夜な夜な娘のところに通う謎の人物が、鍵穴を通るというのは、明らかに性を暗示しているといえる。古事記が美和の神の子を生んだという説話に鍵穴を通る話が持ち込まれた由縁である。
 この説話を生み出したのは、列島人ではむずかしい。そもそも列島の中では鍵穴を通る、といった発想はこの時代には思いつかないのではないか。大陸文化と仏典の説話を良く知る人物が持ち込んで応用したものであろう。古事記は古代の伝承を採録したとは考えにくい事例が多くあるのである。

参考文献
中川ゆかり『鍵穴を通る神』 古事記年報 古事記学会 編1995
浜本隆志『鍵の文化史 鍵穴からみたヨーロッパ』関西大学経済・政治研究所1995
※猿落としの仕組みの図は、ALSOKのHP
 

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